孫から頭突きされた大妃(テビ)

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(景福宮の南門・光化門から出たところ:一昨年の冬)

# 今日は4月1日・エイプリルフールですね。
でも以下は本当の話(「朝鮮王朝実録」から)です。

孫(燕山君:ヨンサングン)から頭突きされた祖母・仁粋(インス)大妃

1.3人の王后のこと

今回の「孫から頭突きされた大妃」は②仁粋(インス)大妃です。
彼女は、(世祖の正室の)①貞熹(チョンヒ)王后の長男(世子)の妻で、2男1女を産みました。
しかし、夫の世子は19歳で亡くなりました。
つまり、10代で未亡人となったわけです。
そして、世祖の次男が第8代王となるのですが、これも運命なのか、即位1年で急死。

突然の人事に驚いたことかと思いますが、②仁粋(インス)の次男が第9代王・成宗となりました。
(長男は早世)
我が子を王に推挙・冊封してくれたのが、①貞熹(チョンヒ)王后です。
なので、仁粋(インス)はもちろん頭が上がりません。

ここに、先に書いた「王の顔を引っかいた王妃」の③廃妃・尹氏に再登場してもらいます。
彼女が燕山君の母親です。

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http://jumong007.blog133.fc2.com/blog-entry-3145.html

彼女の父親は学者でしたが、早死にしたので母子家庭で育ち、生活のために宮中で働くようになり、28歳の時に成宗の側室になりました。
そして、成宗の1番目の正室が亡くなると、貞熹王后がすぐに尹氏を正室に推挙しました。

要は、正室と側室が形成する“大奥”の最長老が①貞熹大王大妃(テワンテビ)。
その次が②仁粋大妃(テビ)、さらに③廃妃・尹氏という序列です。

2.仁粋大妃と廃妃・尹氏の確執

燕山君が3歳の時に“王の顔を引っかいた事件”により、母親の尹氏が廃妃されましたが、廃妃を強く求めたのが仁粋大妃です。
仁粋大妃は家柄と教養を重んじる人で、尹氏が母子家庭で育ったことから嫌っていたからです。
また、2人の側室の巖(オム)氏と鄭(チョン)氏は王の寵愛を受けていたにもかかわらず、大王大妃から尹氏が正室に推挙されたので、この2人も尹氏のことが気に入らない。

そして、この3人が廃妃を王に強く求めると共に、追放された尹氏を後には賜薬へと陥れました。
1482年、燕山君は満6歳でしたので、これまでの実母のことは何も知らされていないままでした。
ドラマでは、7歳で世子に冊封された頃に「なぜ弟はいないのか?」と言っていました。
20歳の頃にも、「なぜ兄弟姉妹がいないのか?」と言っています。

(『逆賊』第6話より)

「論語にもあるが、
 “誰にも兄弟姉妹がいる”
 しかし、私には兄弟がいない…」
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王の見回りの気配がすると、

「“生きるか死ぬかは運命次第(死生有命)。
 富と権力も神の意思による(富貴在天)。
 高貴な徳を持つものは何をも失うものはない。
 そしてすべての人に礼を尽くす”」
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3.燕山君の逆襲

再度、事件の年をまとめます。
・1479年…“王の顔を引っ掻いた”尹氏廃妃
(燕山君 満3歳)
・1482年…尹氏の賜薬
(燕山君 満6歳)
・1494年12月…即位
(燕山君 満18歳;
 12月生まれのために数え年で19歳だったが、
 同月に先王が崩御。
 同月に数え年で20歳で即位)
・1498年…戌午士禍
(燕山君の即位4年目:数えで24歳)

燕山君は、この戌午士禍(ムオサファ)によりほぼ絶対王権を得ました。
ただし、先王の遺言により「廃妃のことは100年口外してはならない」だったので、燕山君が母親のことを知るのは、1504年前後の頃です。

(第18話より)
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(燕山君と緑水)

・1504年…甲子士禍(カプチャサファ)
(燕山君の即位10年目:数えで28歳)

過去の士林派・現在にわたる残党を一掃して、新しい政権の構図を作ろうとした任士洪(イム・サホン)という官僚が歴史に登場します。
彼は燕山君の実母の廃妃~賜薬の背景を暴き出し、密告しました。

燕山君は実母の廃妃~賜薬の背景を知り悲しみ…、そして激怒。
これまで宮廷では極秘となっていて、誰も教えてくれなかった母に係る過去の真相を詳しく調べさせました。
そして、
同年の3月から7か月に亘る粛清の記録では、まず貴人・巖(オム)氏と貴人・鄭(チョン)氏が宮中の庭で拷問・斬首刑。
さらに、裏の裏にいた祖母の存在を知ることになりました。
この際に、逆鱗に触れたか…?
燕山君は、首謀者だった“祖母(仁粋大妃)に頭突き”をしました。
仁粋大妃はその数日後に拷問を受けて亡くなります。
享年67歳でした。

# 今日は、大妃に焦点をあてました。
仁粋大妃・韓(ハン)氏は王后の時には昭恵(ソヘ)・韓氏と呼ばれています。
甲子士禍(カプチャサファ)での士林派の処罰の模様は後日。

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国王の日々の執務状況などを日誌にして書置き、それぞれの王の死後に編纂されたのが「朝鮮王朝実録」です。
しかし、警備や一部の秘書官を残して、官僚たちは夜には帰宅しますから、
宮殿に残るのは王家の人々と、ピーク時には1000人もいたとされる“王の女(女官)”たちだけ。
夜のプライベートライフについては、記録がほとんどないようです。
野史での推測が多いと思います。

歴史の裏で暗躍した大王大妃(テワンテビ)や大妃(テビ)、それに正室ならともかく、側室となると記録が少ない。
“美しい容姿”だったと記録が残るのは禧嬪・張氏(ヒビン・チャン氏:『チャン・オクチョン』)だけです。
淑嬪・崔氏(スクビン・チェ氏:『トンイ』またはムスリ)VS禧嬪・張氏に関しては、二つのドラマが180度違った解釈でした。

# さて、
『逆賊』の第18話まで視聴してようやく分かったので、4つにグルーピングしてみました。

①燕山君(+張緑水)
vs
②士林派官僚(穏健派の朱子学者たち)

ホン・ギルドン(③活貧党)
vs
④守貴単(スギダン)


③活貧党(ファルビンダン)は小説「洪吉童伝」に出る実在したグループ
④守貴単は、師匠(ソン・オルシンと呼ばれています)+パク夫人
+チュウォン君たちが作るドラマのユニット(単)。
(急進派の朱子学者たち:教条主義・原理主義です)

# 訂正
今週放送があった第18話で、ギルドンの妹の名(어리니)がハングルで出ました。
これまで、ウリニと表記していましたが、ウリニ→オリニ(어리니)と訂正させていただきます

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