絶対王権 vs 密本

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(2017.01.28@ 横浜中華街+媽祖廟
# 今年の春節は1月28日でした。
媽祖(まそ)は海で働く人々を救ったという伝説の女神です。

KJSでは明日から第12話の模様をブログにします。
ちょっと複雑な歴史背景があるので、歴史上の人物などの史実を知っておけばもっと楽しめると思います。

「戌午士禍(ムオサファ)」に流れる絶対王権vs密本の思想
(出典)朴永圭(パク・ヨンギュ)『朝鮮王朝実録』キネマ旬報社、2012年3月

1.戌午士禍(ムオサファ)のはじまり

1498年、先王の「成宗実録(ソンジョンシルロク)」の編纂のために、“実録庁(シルロクチョン)”が開設されました(# おそらく弘文館に所属)。
堂上官に命じられた李克墩(イ・グクトン)は、金馹孫(キム・イルソン)が作成した史草(編纂前の実録日誌)の点検作業中に、金宗直(キム・ジョンジク)が書いた『弔義帝文』(注)と、自分のことを批判する文章を見つけた。
(略)
世祖の時代から信任を得ていた、盧思慎(ノ・サシン)、尹弼商(ユン・ピルサン)などと共に、燕山君に上疏した。

(第11話から)
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# 左が盧思慎(ノ・サシン)で右が尹弼商(ユン・ピルサン

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(上の4人とも先王からの官僚)

(注)『弔義帝文』とは
秦(シン)の項羽(コウウ)が楚(ソ)の義帝を廃位したことについて、その仕打ちを批判するとともに、義帝への弔意を示すものでした。
これが、世祖が第6代王・端宗(タンジョン)を廃位したことへの当てつけだと解釈されます。
第7代王・世祖は燕山君の曽祖父ですので、燕山君にとってはチャンス。
反・士林派にとってもチャンス。

2.戌午士禍(ムオサファ)の結果

たとえクーデターではなくとも、文書での国王と王政の批判は国家反逆罪と見做される時代。
当時の士林派の巨頭・金宗直(キム・ジョンジク)は既に亡くなっていたものの、門下生と関連する者たちが逮捕・尋問されました。
刑は次のとおりです。

故・金宗直(キム・ジョンジク)
「剖棺斬屍刑」(# 字のとおり棺を開けて首をはねる刑)

金馹孫(キム・イルソン)
権五福(クォン・オボク)
権景裕(クォン・ギョンユ)
李潟(イ・モク)
許磐(ホ・バン)
「陵遅処斬」(# 処刑後、体を切断)

その他
姜謙(カン・ギョム)、鄭汝昌(チョン・ヨチャン)、李守恭(イ・ソゴン)他6名が流刑。

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李守恭(イ・ソゴン)

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(士林派の若手のチェ・ムンなどが進出していました)

なお、李克墩(イ・グクトン)と魚世謙(オ・セギョム)は既に史草を既に目にしていながら報告していなかったとして、他の2名と合わせて責任を取らされ、免職・左遷されています。

3.世祖が廃位させた端宗・魯山君とは

以下に第4~10代の王の即位年を並べました。

第4代王・世宗(在位:1418年~)
第5代王・文宗(在位:1450年~)
第6代王・端宗(在位:1452年~)
①在位期間:3年2か月

第7代王・世祖(在位:1455年~)
②在位期間:13年3か月
第8代王・蓉宗(在位:1468年~)
在位期間:1年2か月

第9代王・成宗(在位:1469年~)
第10代王・燕山君(在位:1494年~)

極端に在位期間が短い2人の王が、第6代王・端宗(タンジョン)と第8代王・蓉宗(ヨンジョン)です。
ドラマで町の噂、儒学者・儒学生の抗議で出てくるのが、①この端宗のことで、②1455年の世祖のクーデターにより譲位し(させられ)、格下げにされて名を魯山君(ノサングン)と、王子の扱いをされていました(#)。
魯山君は、父の文宗が38歳の若さで亡くなったために、11歳で即位したものの、世祖からの賜薬により16歳で亡くなりました

# 第19代王・粛宗(スクチョン)の時にようやく追尊され、復位・おくり名をもらいました。

4.第3代王・太宗(テジョン)と第10代王・燕山君(ヨンサングン)の国のすがた

思い当たる二つのドラマ。
『根の深い木』では、第4代王・世宗が創製したハングル文字が庶民に広まるのを阻止しようとした“密本(ミルボン)”という両班と在野の儒学者のグループがいました。
また、『六龍が飛ぶ』では、そのミルボンの創設者・元祖の鄭道伝(チョン・ドジョン:初代王・李成桂の補佐官)と第3代王・太宗となるイ・バンウォンが激しく対立しました。
なぜか?
鄭道伝が描いた“新しい朝鮮”という国の制度は、
儒学者と官僚が統治する国であって、国王は同列の単なる象徴に過ぎなかったからです。
太宗となるイ・バンウォンは鄭道伝が描く理想の国に、
いったい国王はどこに存在するのか?!」でした。

ドラマ『逆賊』が描く「戌午士禍(ムオサファ)」は、
朱子学=密本=鄭道伝の思想の士林派を(燕山君の父親の)成宗が登用しために、士林派は“司憲府(官僚の監査)”、“司諫院(国王への進言)”、“弘文館(宮中の文献・書籍を所轄)”を独占していました。
それに挑戦するのが燕山君です。

なお、『六龍が飛ぶ』では鄭道伝が次の図を書きました。
(言論の統率機関です)
燕山君が廃止にしたのはこの三司(サムサ)です。
(なお、成均館も朱子学に偏っていたと思われます)
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<『六龍が飛ぶ』第42話より>

正崙庵(チョンユアン)

「2300年もの昔から成せなかった、
 計民授田(ケミンジュチョン#)が、
 朝鮮建国から数年で達成できることになる」
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# 土地の平等分配

「この大きな木の根のような朝鮮だか、まだ弱い。
 学者、官僚、士大夫が大きく健全で、
 1000年育つように我々がたくましい根にならないといけない」
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「大きな根の、まだ見えてはいない深い木の根(プリ)となって、
 この密かに育ち始めた根、
 隠れた根の本(密本:ミルボン)が王を正しい道に導くのだ
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ただし、その場にいたプニの疑問は“(そんなことを言うけど、その制度の中に)民百姓がいるのだろうか?”でした。

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“密本”は儒教から派生した朱子学の流れでした。
『六龍が飛ぶ』では成均館での兄弟・弟子の2人の人物、鄭夢周(チョン・モンジュ)と鄭道伝(チョン・ドジョン)の微妙な思想の違い。
同じ朱子学でもモンジュは“高麗維持派”で、ドジョンは“新・朝鮮建国派”というように、保守と革新の差がありました。
ただし、二人の共通点は朱子学一辺倒のために排他的で、来世の幸せを願う仏教には廃止論。
(なお、“士林派”は鄭夢周(チョン・モンジュ)の思想に近いといわれています)

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『逆賊』では即位したばかりの燕山君が「先王の鎮魂のために仏教のしきたりを用いるのがなぜ悪いのか?」と、単純ではあるものの、宗教に寛容で自由な言動を見せてくれました。
(そこで私もMBCに拍手)
さらに、“士林派”がクーデターを認めないのは良しとしても、自分たちだけがエリートだとの思い込みを燕山君が批判していました。

『六龍が飛ぶ』のイ・バンウォン(後の第3代王・太宗)は、2次に亘る王子の乱で、朱子学者の鄭夢周と鄭道伝を切り捨てました。
絶対王権を獲得するためです。
燕山君も同じような発想だったと思います。

ただし、以上は遠い昔の非・民主的な時代のお話し…。
「民百姓はどこにいるの?」と言いたくなる、排他的な儒学者たちのゲームの時代だったように思います。
成宗時代が平穏だったとはいえ、水面下での(民なき)政争・派閥争いが既に始まっていました。
それが燕山君の時代になって表面化した…。
(# 来週は長く続いた派閥争いのことを書きます)

# 第14話まで視聴を終えました。
歴史と小説の今後の様々な展開を予感しました。

(史実)
・燕山君の母親の尹氏の“廃妃と賜薬”の背景が明らかにされようとしました。
(次の「甲子士禍」の火種です)
・チャン・ノクスの王への忠誠が燕山君に認められました。

(小説)
・ギルドンが名実ともにイクァリの長老となるバトルが起きました。
(銀山を取り戻して、漢陽に進出します)
・県令だったミ・グモクが「戌午士禍」での功績を認められて、正五品に昇格します。

楽しみなのは、グモクの昇進とギルヒョンが要職に就いた宮廷ですから、二人の再会。
それだけでなく最も楽しみな展開なのですが、第14話の終わりには、ギルドンの最愛の妹・ウリニが女官として働いている姿がチラリと出ます。
来週の放送が楽しみです。

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