町で噂のキーセン

# ドラマ『ファンジニ』をご覧になった方にはお解りのこととは思います。
着ているチマチョゴリは鮮やかな絹地ですよね。
まず、キーセン(妓生)と娼婦は、まったく違うということを念頭に置いて、以下をお読みください。
当時のキーセン・妓楼は、(私見ですけど)京都の茶屋と類似していると思います。

また、コンファこと張緑水(チャン・ノクス)を演じるイ・ハニのステージを先にご覧下さい。
(Amazing Grace)
https://www.youtube.com/watch?v=rgsbaeqkjnU
(info. by APB)

tubaki_20170223145043dd3.jpg
(2017.02.23 近所で撮影)

町でうわさのキーセン

<王朝>当時の背景

<朝鮮王朝>の法典での身分制度は2分です。
両班(ヤンバン:양반)および中人(チュンイン:중인)(医官や通訳のような専門職)の支配者層

被支配者階級の、
常人(サンイン:상인) 常民(サンミン:상민)は、主に農業に従事しています。
また、商工業を営んでいるものも常人です。

賎人(チョンイン:천인)または賎民(チョンミン:천민)は奴婢(ノビ:노비)のこと。
奴婢には王宮や官庁での仕事に従事する公奴婢(コンノビ:공노비)と、
両班の私有財産の私奴婢(サノビ:사노비)に分けられます。

1.キーセンとは

(第7話より)
ki2.jpg

(ウィキペディアからの引用です)

妓生 (기생、キーセン) とは、元来は李氏朝鮮時代以前の朝鮮半島に於いて、諸外国からの使者や高官の歓待や宮中内の宴会などで楽技を披露したり、性的奉仕などをするために準備された奴婢の身分の女性(「婢」)のことを意味する。

李氏朝鮮時代の妓生は女楽のほかに宮中での医療を行い、衣服の縫製もしたので、薬房妓生、尚房妓生という名称も生まれている。
妓生は、官に属する官妓 (妓女・ソウルに仕える宮妓と地方の郷妓に分かれる) と、私有物である妓生が存在したが、大半は官妓だったようである。
妓生になる女性のほとんどは奴婢であるが、実家の没落・一家離散または孤児となったり、身を持ち崩すなどした両班の娘などが妓生になる場合も多かった。
李氏朝鮮の妓生は高麗女楽をルーツにしており、宮中での宴会に用いる為の官妓を置き、それを管理するための役所妓生庁が存在した。
一般的に、妓生は両班を相手とするため、歌舞音曲・学問・詩歌・鍼灸などに通じている必要があった
また、華麗な衣服や豪華な装飾品の着用が許され、他国の高級娼婦と同様に服飾の流行を先導する役目もした。

(ウィキペディアに掲載されている<朝鮮王朝>末期のキーセン)
kisen.jpg

2.張緑水(チャン・ノクス)の生涯

KJS第5話(上)

絵を書いているのはチャン・ノクス(張緑水)
(妓楼ではコンファと呼ばれています)

「男を誘惑できるようになるそうです」

「男を…?」
500a_201702150928327e7.jpg
# 当時の妓生は、上流階級の接待役を務めるために、アーティストとして音楽、漢詩などを学んでいました。

「…」
500f_2017021509303887c.jpg

「話は聞いたことがある。
 しかし、思っていたほど美人じゃないな」

「え?!」
(# お付きはガリョン

「ふふふ~、だからその点だわ。
 美しくなればなるほど誘惑が簡単になるからだわ」

「…」

「さあ、答えて。
 イングン(王)を誘惑できるかしら?」
500g_201702150930372e3.jpg

KJS第5話(中)

クッセが来て

「やあ、ギルドン。 妓楼に行こう!」

「おい!
 子供の前で…」

「やあ、新しい妓生が入ったらしく、歌声が魅力だぞ(# ⑤)」

「いいか…?
 俺と一緒に行ったら、誰もお前を相手にはしてくれないぞ」
522b_20170215094328cd5.jpg

「ア~ッシ」

「兄さんの言う通りだわ!」
522c_20170215094327fef.jpg

Mnet国楽バラエティ『パンスティーラー』最終回、イ・ハニ
http://blogs.yahoo.co.jp/moonlight_0215/34611392.html?__ysp=44Kk44O744OP44OLIOWbvealvQ%3D%3D

You Raise Me Up 一家でしょうか?
https://www.youtube.com/watch?v=y2qU3xfnoc8
(info. by APB)
733_20170224121534db3.jpg

<王朝絵巻 シーズン8>
燕山君当時の時代背景


『王妃チャン・ノクス~宮廷の陰謀』というドラマがあるようです。
(視聴はしていません)
張緑水(チャン・ノクス:?~1506年)に関する一般的な理解は以下です。

まずはウィキペディアで読むチャン・ノクス

張 緑水(장녹수、生年不詳 - 1506年9月2日)は、李氏朝鮮第10代国王燕山君の後宮。
父は忠清道文義県令を務めた張漢弼(チャン・ハンピル)で母はその側室だった。
生活は非常に貧しく、食べるために体を売ることもした。
その後成宗の従弟である斉安大君の家婢となった。
斉安大君家の家奴である男性と結婚して1男を挙げたが、夫と子を捨てて出奔。
歌舞を学び妓生となった。

張緑水は唇を動かすことなく歌う事ができ、声も美しかった。
容貌は30歳を過ぎた時点で16歳の娘のようであったという。
燕山君は張緑水の噂を耳にし、彼女を後宮に迎えて淑媛に封じた。
1502年12月8日には翁主栄寿(ヨンス)を出産。
1503年には淑容に封じられた。

燕山君は張緑水を寵愛し、激しく立腹していても、彼女の姿を見れば喜び笑う程であったという。
張緑水は王の寵愛をもとに権力を濫用した。
実の姉とその息子の身分を平民に引き上げ、姉の夫である金孝孫(キム・ヒョソン)を咸鏡道伝香別監に任じさせた。
宮中に住んでいるにも関わらず王宮外に私邸を作ったが、その際に近隣の民家を破壊している。
同知中枢府事であった李秉正(イ・ビョンジョン)は張緑水の使用人に侮辱されたが、賄賂を差し出して禍を逃れることができた、という記録もある。
1505年には張緑水のチマを誤って踏んだ玉池花(オク・チファ)という妓生が軍器寺前で斬首された後、連芳院にて梟首されている。
張緑水と側近たちの横暴ぶりは、燕山君の悪政と合わせて、民衆の憎悪の的となっていった。
1506年9月2日、中宗反正(チュンジョンパンジョン:중종반정)により燕山君が廃位された後張緑水は捕らえられ、淑容・田氏、淑媛・金氏と共に斬首された
遺体は放置され、多くの人々がその遺体に唾を吐き、石を投げつけた。投げられた石の数があまりに多かったのでたちまちにして石塚ができあがったという。

張緑水はしばしば、張玉貞(チャン・オクチョン)・鄭蘭貞(チョン・ナンジョン)と共に「朝鮮三大悪女」のひとりと数えられる。
作家の康煕奉はコラム中にて、後世の戒めとするために張緑水の悪行がより強調されて記録されていったと述べている。

734b_2017022412134138e.jpg

3.ノクスがギルドンに打ち明けた話

第7話から本格的にチャン・ノクス(張緑水)の登場です。

「…、私のオモニは官婢だったわ。
 新しい県令が着任するたびに、
 炊事と洗濯だけでなく、その妾になって夜を過ごしたわ。
 県令がオモニのことが好きな時は幸せだったけど、
 もしも、オモニを好じゃなかった県令の時は姉も私も餓死寸前だったわ」

「…」

「ある日、60歳を超えた県令が着任したわ。
 県令はオモニを嫌って、
 その代わりに私がオモニに手を引かれた。
 とても寒い日だったけど、オモニの手は汗ばんでいた…」

「…」

「私はちょっとからかって、
 “オモニ…、オモニの手が泣いているわ”と言った」

「…」

「オモニは言ったわ。
 “県令に好まれてその妾になるのが一番の幸せだわ…”とね。
 妾になれば生活も楽だわよね」

「…」

「しかし、私は許せない。
 あんな奴らに自分の娘を差し出したオモニのことを…。
 決して許せなかった」

「…」
abc1_201702211911284be.jpg
(# 私は冒頭のイ・ハニの“カヤグム”と歌に惹かれました。
 チャン・ノクスの役にはイ・ハニしかいないようにも思えます)

にほんブログ村テレビブログ韓国ドラマへ
1週間のランキング@「にほんブログ村」

TVを見る時間がほとんどないので、遅れてネットでのニュースで知ることばかりですが、
時間の差があるものの所詮は中間にマスコミが介在しているので、
推測が多々あると思って読んでいます。
<朝鮮王朝>時代だってまったく同じで、
宮中の文官・武官・女官からの口コミが庶民に流れていたはず。
間に介在する人々が多いほど情報が歪曲されていくと考えています。

調べているうちにチャン・ノクスにも法的に追及すべき点があることが解ったのですが、
そもそものことを思えば、彼女の結末を招いたのはやはり燕山君でしょう。
そして、遺体に唾を吐きかけて石を投げかけた庶民のこと。
人の金銭欲は拭い難いもので、それが他人への“嫉妬”・“妬み”に変化すると思います。

ノクスが生きている時には諫めるべきなのですが、
誰も口を挟まなかったのでしょうね。
諫めると逆上される怖さがあったのかもしれませんが、
当時は肩をそばめて生きていた“庶民のうっぷん晴らし”が、
見たこともない宮中への、つまらないデモのようにも思えます。

ちょっと突っ込みたくなった点は上記の張緑水が“子供”を得た点。
早速、『朝鮮王朝実録』を開くと、チャン・ノクスには1女1男。
燕山君との子の名は“栄寿(娘)”で、息子の“敦寿”は連れ子でした。
(第7話でその存在がちらりと出ます)
その他のことも含めて、MBCが『逆賊』で新しい解釈を出すのではないかと興味深々です。

なお、
京都の舞子さんのこともウィキペディアから引用しておきます。
町の旦那衆が“茶屋”でスポンサーになってくれる舞妓や芸子のことです。

舞妓(まいこ)は、京都の上七軒、先斗町、宮川町、祇園甲部、祇園東の五花街で、舞踊、御囃子などの芸で宴席に興(きょう)を添えることを仕事とする女性のことで、芸妓の見習い修行段階の者をいう。

maiko.jpg
(# 右上が京都の茶屋で、
 左側の2枚は舞妓と芸子さんですね)

にほんブログ村 テレビブログ 韓国ドラマへ
1週間のランキング@にほんブログ村
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ユーモン

Author:ユーモン
ドラマは たくさんのことを 教えてくれます

最新記事
最新コメント
王朝用語・脚本家など
ドラマと映画・感想など

openclose