真夏の夜の夢

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(花屋さん@kawasaki 2016.09.06)

来週開店の店のポスター
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今日は9月9日

ウィキペディアでは次のとおり。
重陽(ちょうよう)は五節句の一つで、9月9日のこと。
旧暦では菊が咲く季節であることから菊の節句とも呼ばれる。
陰陽思想では奇数は陽の数であり、陽数の極である9が重なる日であることから「重陽」と呼ばれる。
奇数の重なる月日は陽の気が強すぎるため不吉とされ、それを払う行事として節句が行なわれていたが、九は一桁の数のうち最大の「陽」であり、特に負担の大きい節句と考えられていた。
後、陽の重なりを吉祥とする考えに転じ、祝い事となったものである
邪気を払い長寿を願って、菊の花を飾ったり、菊の花びらを浮かべた酒を酌み交わして祝ったりしていた。
また前夜、菊に綿をおいて、露を染ませ、身体をぬぐうなどの習慣があった。
現在では、他の節句と比べてあまり実施されていない。

1月1日、3月3日、5月5日、そして夏の7月7日が終わって季節は秋へ…。
私はなぜか、歴史ドラマを見たい気持ちになりました。
(『六龍が飛ぶ』より)
https://www.youtube.com/watch?v=AxtGzRDW6Ek

2宝冠
(7月20日初版の阿部智里『玉依姫(たまよりひめ)』のカバーイメージ)

真夏の夜の夢(A Midsummer Night's Dream)

二つの国の二つの微笑み(7月7日のこと)
(「ほほえみの御仏-二つの半跏思惟像-展」)

世界の3大微笑み(アルカイック スマイル)というとモナリザ、スフィンクス、そして奈良・中宮寺の半跏思惟像。
2 heart

日韓国交正常化50周年記念を祝して、
東京・上野の東京国立博物館では、
韓国と日本の半跏思惟(はんかしゆい)像の展示がありました。
(2016.06.21~07.10)


中宮寺門跡・国宝(写真:左)と、
韓国国立中央博物館・国宝78号(写真:右)



韓・日の半跏思惟像の座高はそれぞれ、52.3cmと87.9cmです。
銅製とクスノキと材料が違うものの、同じく温かい微笑みです。

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学生時代のこと。
奈良・中宮寺に行っても、このように横からとか後ろからは見ることができず、また、木彫の継ぎ目なども解らずに遠くから見つめるだけだったので、今回は感動もひとしおでした。

hanka siyui

材質は腐食しないようにクスノキですが、さらに保存のために何度もウルシ(漆)が塗られているそうです。
そのために、全体に黒。
しかし調査によれば、衣服にはあでやかな彩色が施されていたことが解っています。

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(人が写っていますので、二つの像の座高のイメージが解ると思います。
 展示場は撮影禁止でしたが、写真は放送の録画の際などの模様のようです)

日本への仏教伝来は552年という説が有力で、最初の寺院建設・仏像製作は587年の飛鳥のお寺からとされます。
現在、奈良・中宮寺にある半跏思惟像は、その頃の建築家(止利仏師または鞍作鳥)の2代ぐらい後の後継者の作品だそうです。

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もちろん、仏像のデザイン伝来も韓国半島から。
高句麗・新羅・百済の三国時代の6世紀、仏教美術の一つである半跏思惟像が多く作られたそうです。
それが7世紀の日本の聖徳太子の時代に伝来し、飛鳥時代の一つの流行の半跏思惟像製作に繋がったそうです。

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微笑みが遥か時空を超えて安らぎを運んできたように思えました。
それに、二人が世界の平和へと思いを馳せる心は同じだと思いました。

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なお、韓国の半跏思惟像は、
“宝冠”を被っているのも特徴の一つだとのこと。




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(今回ネットなどで知ったコトバ)

如来(にょらい)…如来は、悟りを開いた人(仏陀ブッダ:釈迦)。
あるいは、大乗仏教における諸仏の尊称。

菩薩(ぼさつ)…悟りを開くにいたっていない修行中の修行者のこと。

弥勒(みろく)…釈迦は自身の入滅後(死後)に「弥勒」なる者が現れて人々を救済すると予言した。

阿弥陀(あみだ)…西方(さいほう)極楽浄土に住み、人々を救うという誓いを立てている仏のこと。


上野の博物館を出て東京駅へ
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(東京国立博物館:2016.07.07)

こちらは東京駅の一角に出張して来たという神社の立て札でした。

函館山がまだ離れ小島だった大昔のこと、一隻の宇宙船が不時着した。
それはイカール星人の乗った辺境惑星調査船だった。
自分たちの星に帰れなくなったイカール星人と人類のファーストコンタクトは、幸運にも争いに発展せず、進んだ科学力を目の当たりにした人類は彼らを「イカ星様」と呼び、畏敬の念を抱いた。
江戸時代、徳川幕府はイカ星様伝説にちなみ函館山の奥に「烏賊有星神社」を建立、海の神として大いに奉った。
しかし、明治期に入り、函館山が軍の管理下になると民間の入山が規制された。
また、イカール星人による幾たびかの襲来によって、イカ星様信仰は急速に忘れ去られていった。
函館山のイカール星人神社は、今も山のどこかにひっそりと眠っているという。
現在も残る伝説のなごりもある。
人々に愛される珍味「スルメ」は「イカ星」が「イカ干し」に転じて考案されたものだという。
また、宇宙船の不時着が夏の時期だったことから、函館港まつりでは「イカ踊り」が踊られているのだという。
江戸時代を懐かしみ、ここ北町奉行所に神社ができたのか?
その答えは誰も知らない。

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人々の文明は、紀元3000年も前のナルル川や黄河流域などで発祥したとのこと。
大陸の文明は半島を経て日本にも伝わって来ました。
奈良時代から平安時代にかけて、漢字を草書体にくずしつつ、表音文字の“ひらがな”が創製されました。
同じく表音文字のハングルが半島で創製・公布されたのは1446年ですから、日本に比べると5世紀ほど後になります。

この文字文化の遅れによって、むしろ素晴らしい歌や語りの伝承文化の発達と深さを生み、韓国ドラマにある豊かな想像力の原点を成しているような気かしました。

↓は『イ・サン』の華城です。
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