これからのバンウォンとその功績 1

# この香炉は南宋から元の時代のものです。
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(直径7センチほどです:知人所有)

<王朝絵巻 シーズン6>
これからのバンウォンとその功績 1


この2年間ほどは<朝鮮王朝>を理解しようと、努力・勉強してきたつもりです。
振り返ると、ドラマを6本、映画4本、そして10冊を超える本によって<王朝絵巻>を書いてきました。
ドラマでは『イ・サン』『根の深い木』の再視聴も良かったものの、この『六龍が飛ぶ』が新作の中ではエンターテインメントの要素も豊かで、秀逸だと思います。
映画では『王になった男(原題「海光」)』および『王の涙~イ・サンの決断(原題「逆鱗」)』がお勧めです。

そして、最近の作風(脚本)は、ストーリーと“王への評価”の面において過去のドラマに比べて、変わって来ているように思えます。
現代の民主主義の観点を持つ登場人物をあえてフィクションで挿入したのが、『六龍が飛ぶ』だと思います。
プニとムヒュルという、我々のような庶民の視点からの登場人物のことです。
ムヒュルは「人々を笑わせる」ことが政治だとし、プニは「今生きている人々が幸せであること(生生楽々)」を重視しました。

また、過去から変わらないのは、次の3点のドラマの構成要素
①王冠の重さ
王は官僚たちとの政争に勝たないと実権を削がれること。
つまり「王になる者、その王冠の重みに耐えろ」です。
②官僚間の政争
とくに<王朝>中期には官僚同士の派閥抗争が激しく、
王の絶対権限まで我が物にしようとしました。
③身分を越えた愛
これがロマンスの原点となっているようです。

さて、次のように李芳遠(イ・バンウォン)のドラマの前後の功績と“全50話”の後に進んだ道を列挙します。
皆様はどのように評価なさるでしょうか?

1.遷都のこと

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バンウォンが起こした「第1次王子の乱(1398年)」の最大の目的は、明へ出兵するというチョン・ドジョン(鄭道伝)の外交政策への反旗が“大義”でした。
成均館の傍で殺害し、チョン・ドジョンと共謀したという難癖で、8男のバンソクを宮中で殺害。
こうした兄弟間での血生臭い戦いがあった、首都・漢陽を離れるのが目的で、第2代王・定宗は、再度、開京へと遷都(1399年)しました。
事実上、まだ新都・漢陽の整備が完成しておらず、開京への懐かしさも人々にあったので、容易に首都が開京に戻されたとも言われます。

ただし、「第1次王子の乱」でバンウォンと共に戦ったにもかかわらず、功労賞を得ることができなかっただけでなく、政府の要職をバンウォンたちが抑えてしまったので、4男の芳幹(バンガン)と配下が起こしたのが「第2次王子の乱(1400年)」
しかし、圧倒的な軍事力を持つバンウォンにとっては兄・バンガンの軍は敵ではなく、バンガンを逮捕、島流しにしました。

バングァ(第2代王・定宗)からの禅譲を受けバンウォンが1400年に即位。
そして、1404年には9年前から創設が始まっていた景福宮(キョンボックン)全体が竣工しましたので、バンウォンは漢陽へと再々度の遷都を断行しました。

なお、バンウォンはその骨肉の争いを起こした景福宮を嫌い、即位の後、直ちに(1405年)昌徳宮(チャンドックン)の創建に着手しました。

2.太鼓のこと

バンウォンは宰相と勲臣からなる政治(チョン・ドジョンの考え)を改めて、民衆の生活の安定化による国政の基礎固めをモットーにしました。
その一つの象徴として、民からの声を聞こうと、意見・訴えがあるならば太鼓を叩けと、1401年8月に宮殿の外に中聞鼓を設置しました。
これは宗の制度・登聞鼓に習ったものとされます。

こんな太鼓だったのでしょうか?
(光化門より正殿に向かう: 2015.04撮影)
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3.政府の組織改革

鄭道伝(チョン・ドジョン)は上記のように、宰相(総理大臣)と官僚からなる政府を作り、その目的は絶対王権を飾り物にすることでした。

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ドラマでは次の写真のように、
司憲府(サヒョンブ:検察・警察)
司諫院(サガンウォン:王への進言・顧問)
弘文館(ヒョンムングァン:歴史の記録・学問)
の3大組織を同じランクに置いて、お互いの組織を牽制しつつ、それぞれが“王”を支えるという組織案です。

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しかし、バンウォンにとっては自分たち王族の居場所がないことに気づきました。
そこで、中央集権化を目指すためには、官僚組織を王の直轄にすべきとして、兄のバングァ(第2代王・定宗)の補佐官をしている時から改革を進めました。

次のように、「議政府」には総理大臣にあたる両議政と副総理にあたる左議政と右議政を配置するものの、形式的な小さな機関にして、その下に6つの局(曹)を置きました。
それぞれの局を各大臣が統括します。

吏曹(文官の人事担当)、戸曹(農地、財政担当)、礼曹(外交・式典や科挙担当)
兵曹(軍事・武官の人事担当)、刑曹(法務・刑罰・奴婢担当)、工曹(土木・営繕担当)

その他、省庁の“庁”に相当し、各長官たちが統括する庁には、

承政院(王の秘書)
義禁府(警察)
弘文館(王室の記録担当)
司憲府(官庁を監査する機関)
司諌院(王に諌言する機関)
漢城府(首都の司法や治安を担当)

以上の全ての6局が事実上は王の「直轄」です

(明日の夕刻につづく)

<参考>
・朴永圭(パク・ヨンギュ)著、神田聡・尹淑姫(ユン・スクヒ)訳『朝鮮王朝実録(改訂版)』キネマ旬報社(2015.10)
・康煕奉(カン・ヒボン)『朝鮮王朝の歴史と人物』実業之日本社(2011.07)


追記 その1 バンウォンの側室のこと

李芳遠の側室9人の名前を列記します。
(正室はダギョンこと元敬王后・閔氏)

孝嬪・金氏
信嬪・辛氏
善嬪・安氏
懿嬪・権氏
昭嬪・盧氏
淑儀・崔氏
徳淑翁主・李氏
貞嬪・高氏
明嬪・金氏

以上のように、金氏が二人いますが、その他の7人の家の名(姓)はまったく別のファミリーからです。
こうしたことからも、初期の王朝では半島の有力な家門(地方の豪族など)との姻戚関係を積極的に進めて、国の安定化を図ると言う一面があったと思います。

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yu ain

俳優ユ・アインが連続して映画やドラマに出演したことについて語った。

23日、ソウル龍山(ヨンサン) 区漢南洞(ハンナムドン) のユ・アインの作業室ではSBS月火ドラマ「六龍が飛ぶ」放送終了記念記者懇談会が行われた。
昨年から映画とドラマで忙しく動きまわったユ・アインは「実は『思悼』『ベテラン』は一昨年撮影したのが公開されたものだ。
2015年から撮影したのは映画『好きになって』とドラマ『六龍が飛ぶ』だった」と話を始めた。

ユ・アインは「同時に多くの作品が届けられ、たくさんの声援を受けてプレッシャーを感じたのも事実だ。『思悼』『ベテラン』『六龍が飛ぶ』に続く流れでキャラクターが全部線の太いものだったので『ユ・アインはあまりにも線の太い演技だけをするのでは』『ユ・アインは強烈なキャラクターだけが好きみたいだ』などと誤解を受ける可能性もあった」とし、
「しかし、この人物たちは僕の番外編だ。僕が最も上手くできたのは『密会』のソンジェだった」と付け加えた。

(ユ・アインと『密会』)
http://news.kstyle.com/article.ksn?articleNo=2004984

元記事配信日時 : 2016年03月23日16時27分
記者 : チョ・ヘリョン

(放送終了後の打ち上げの模様)
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(制作発表のころ)
6 dragons

(『ファッション王』のころ)
fashon wan

(明日の夕刻につづく)

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