太宗の息子

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<王朝絵巻 シーズン6>

婚礼

ハングル創製


ダギョンとバンウォンは、それぞれ17歳と15歳の時に(政略)結婚しています。
2歳の年齢差。
亡くなった時は、ミン・ダギョン(元敬王后)が(1420年)56歳で、イ・バンウォン(第3代王・太宗)が(1422年)55歳でした。
ダギョンが良妻賢母であったことは既に書いていますが、バンウォンの凄いところは、これも先に書いているチョン・ドジョン(鄭道伝)の改革の思想を実行して定着させたからです。

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現在でもチョン・ドジョンの思想が高く評価される割には、2度の王子の乱により、バンウォンの実行力への評価があまり高くないのではないでしょうか?

ドラマに合わせて、『朝鮮王朝実録(改訂版)』(# 下記)を読みつつ、考えていたことは、<王朝>の基礎固めを支え、それを実行したのはこの妻と夫だったということです。
バンウォンは即位すると同時に、政治機構だけでなく、庶民たちのために貨幣経済を導入する試みや土地改革などの経済改革、成均館を中心にした学問の研究体制と書籍の編纂、さらには文化面では仏教徒だった父の李成桂の反対を押し切って、仏教寺院が持っていた既得権の縮小など、多岐に亘る改革を断行しました。

1.そして第4代王・世宗のこと

世宗と空
(世宗と空: 昨年の光化門 2015.12)

二人の3男坊だったために、バンウォンは禅譲するに際して思考錯誤を重ねたものの、最後には忠寧を選びました。
忠寧の卓越した才能を見抜いていたからです。
忠寧が禅譲を受けたのは1418年です(後に世宗)。

バンウォンの改革のディーテイルを完成させて、その後500年も続く<王朝>の制度を完成したのは世宗だと言っても過言ではないと思います。
ただし、ドラマを見ている韓国人の知人たちとも意見が一致するのは、先が見えない歴史の中で、ダギョンとバンウォン夫婦の歴史的な功績は、「世宗を生んで世子に選んだこと」です。

少年の頃から“本の虫”だったことは前述のとおりですが、言語学では半島で最高の学者だったとも言えると思います。
『朝鮮王朝実録(改訂版)』では、世宗は1436年から1437年にかけて、国内外の政治を自分が完成した政治機構に任せることになりますが、それから何に没頭していたかというと、ハングルの創製です。
これまでの改革を果たした後に、それらを全部束にしても勝てないくらいに、歴史的な偉業にチャレンジしていたのです。
半島独自の文字を持つことは冊封国の“明”の漢字文化に反抗するのではないかと反論する官僚や両班たちが多かったので、単独で開発したというのが、上記『朝鮮王朝実録』での結論です。

ほとんど電撃的にハングルの28文字を公表するのが、世宗の手で完成した1443年で、全国に公布されたのが1446年です。
おおよそ6~7年で完成するのですが、事前には中国や日本から音読みや訓読み、発音に関してはアルファベットや梵語の書籍も集めたようです。
公布に反論した官僚には「お前たちは諸外国の表音文字の数を知っているのか?」という皮肉を言ったことも実録に残っています。

2.ドラマ『根の深い木』

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2011年のSBSドラマ『根の深い木』では世宗(イ・ド)と女官のソイがほとんど二人でハングルを開発しました。
そして、「訓民正音(フンミンジョンウム)」というハングルの解説書を公布するまでの、1443年から1446年までのおおよそ3年間を、ドラマの後半の激戦として描いています。
一般には世宗が学者を集めて研究させたと言われていますが、そんな環境ではなかったことが上記『朝鮮王朝実録(改定版)』が結論として証明していますし、またドラマのとおりだと思います。
私はドラマに“密本”という秘密の組織が暗躍するので、90%はフィクションだと当時は見過ごしていたのですが、このところあのドラマが史実を踏まえたものだったと思い直しているところです。

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(密本の頭首とソイ)

また、ドラマ『六龍が飛ぶ』のベースは「朝鮮王朝実論」の太祖実録、定宗実録、太宗実録ですが、タイトルの“六龍飛天”の基になっている「龍飛御天歌(ヨンピオチョンガ)」(叙事詩)は、世宗の父親バンウォンから遡って先祖6代の英雄たちの物語で、それをハングルに訳させたのも世宗です。

ドラマ『根の深い木』のとおりで、エリート集団の両班層なので、第4代王・世宗が進めていた「ハングル文字」の普及に反対します。
漢字文化に固執したエリート支配者層と庶民との抗争が『根の深い木』で描かれました。

(ハングルの公布・普及のために命を賭けた女官ソイと武官のトルボク)
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架空の組織“無名”のヨニャンの目的とか背景が解り難かったので、そのセリフに注目していたところ、彼女は自由競争、自由貿易の“商道(サンド)”を守りたかった。
だから、“安定”という言葉を何度か使ったのでしょう。
つまり、商業の基盤としての国の安定、国際関係の安定を求めていたのだと思います。

また政治からの中立を守り、村を繁栄させるプニ。
プニとヨニャンの考え方を合わせると、ここに現代社会・経済の視線が浮かび上がってきます。
いわゆる絶対君主をめざした李芳遠(イ・バンウォン)の対抗勢力、対抗する思想の視点として現代の視線を脚本に挿入したのではないかと思います。
とても精緻な脚本だったと思い「さすが韓国ドラマ!」だと…。

(参考のために読んでいた本は以下です)
・朴永圭(パク・ヨンギュ)著、神田聡・尹淑姫(ユン・スクヒ)訳『朝鮮王朝実録(改訂版)』キネマ旬報社(2015.10)
・康煕奉(カン・ヒボン)『朝鮮王朝の歴史と人物』実業之日本社(2011.07)
など。

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