王妃たちの王朝 ③

<王朝絵巻 シーズン6>

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(photo by nana@ibaragi)

王妃たちの王朝 ③


ドラマ「六龍飛天」では、ダギョンはバンウォンとプニを前に、
「二人は結婚しなさい」と言います。

「その話は後にしよう」と、
二人だけになった際にバンウォンは、

「嫉妬か?」と問います。

しかし、ダギョンは、
「あなたは何を考えているのですか?!
 (政治の為なら)100人の側室を持っても、
 私は構いません」

ダギョンは後の元敬(ウォンギョン)王后・閔(ミン)氏です。
ダギョンは17歳、李芳遠(イ・バンウォン)が15歳の時に結婚しました。

ドラマではバンウォンが「王になる」との決心を既にプニに話し、またダギョンもバンウォンを励まします。

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1.バンウォンの即位の前

元敬(ウォンギョン)王后・閔氏の実家は高麗時代からの名門で、その資金力でバンウォンを支え、私兵を雇い勢力拡大を支援しました。
ドラマにもあるように政治好きのダギョンは、父親の閔ファミリーの家長のミン・ジェからの情報を得て、実際にも政敵からバンウォンを守ろうとするだけでなく、武器の調達を進めました。

ドラマでは、バンウォンが積極的に動きますが、当時は15歳でした。
実際はおそらく、イ・ソンゲとダギョン(17歳)の父親のミン・ジェが決めた政略結婚だと思います。
しかし、夫婦仲がとても良かったと伝えられています

なお、<王朝絵巻>では悪女のことをたくさん書いたつもりですが、他方で私は、良妻賢母の代表はダギョンだと思っています。
ドラマで描かれるのは史実で、上記のようにバンウォンを王にするために実家の勢力を活用して、言葉での励ましだけでなく、兵士、武器などの“実力”で支えました。

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<朝鮮王朝>の中期・後期になると側室の子が王になるなど、正室から男子が生まれなかった例も多々あります。

しかし、初期の頃の第4代王・世宗の昭憲(ソホン)王后・沈(シム)氏は8男2女。
李成桂(太祖)の第一夫人であった神懿(シスイ)王后・韓(ハン)氏は6男2女。
そして、この元敬(ウォンギョン)王后・閔(ミン)氏は4男4女と、この3人の正室が<王朝>での子供の数ではトップスリーです。

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2.バンウォンの即位の後

ところが、バンウォンは自分が即位した後は、外戚となった閔氏一族の政治介入と、その勢力の分散を図りました。
そのために、地方の豪族の娘を積極的に側室にしました。
これは“公務”の一面だと思いますが、
「いったい誰のお蔭で王位に就いたのですか?!」と、ダギョンがバンウォンを叱ったとの逸話もあります。
やはり、そこそこでないと嫉妬が生まれるのかもしれません。
いえ、『朝鮮王朝実録』では、バンウォンが後宮を増やすことに王后は激しく嫉妬したとのこと。
“プライベート”でも、バンウォンはダギョンの方を見なくなったようです。

(ドラマで詳細が描かれなかった点はここです)
1406年には、長男を世子に選ぶという自然の成り行きが行われたものの、その世子にダギョンの兄たち(ミン・ムグとミン・ムジル)が両親の不仲のことを吹き込むなど、バンウォンを陥れようとするものだから、バンウォンは彼らを流刑に処しました。
それでも彼らの不満と暴言は収まらず、1410年に自害(賜毒)させました。
閔氏一族の家長・ミンジェが亡くなった(1408年)、2年後のことでした。

そうして、当然ながら元敬王后との仲がますます冷え切っていったことと思われます。
バンウォンの側近たちからは、王妃を廃妃(ぺビ)にするようにとの要請も出したほどです。
しかし、建国の“内助の功”のダギョンにまで罪をなすりつけるのは影響が大きすぎるとの判断なのか、廃妃については却下しました。

元敬王后は、廃妃の話も持ち出されて、悲しんだと思います。
ただし、息子の忠寧(チュンニョン:3男)が1418年に、バンウォンからの禅譲により後の第4代王・世祖となります。
ダギョンはこれを見届けた後の1420年に、56歳で世を去りますが、これが最後の幸せだったと思います。
さらに、現代の目から見ると、彼女が良妻賢母であったことに加えて、ハングルの創製者(世宗)を産んだことは、歴史的な功績だと言っても過言ではないと思います。

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まとめておきます。

第3代王・太宗(テジョン:李芳遠)
元敬(ウォンギョン)王后・閔(ミン)氏


長男・譲寧(ヤンニョン)大君
次男・孝寧(ヒョニョン)大君
3男・忠寧(チュンニョン)・第4代王・世宗(セジョン)
4男・誠寧(ソンニョン)大君
(公主は4人)

(その他、側室から21人:以上合計29人)

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上記のように、ドラマではダギョンが、「100人の側室がいても、構わない」とのセリフがありました。
プニとの結婚の話を彼女から言い出すとは意外でしたが、それは彼女が“大物”だったことの象徴的な描写だと思います。
実際にバンウォンには12人もの側室がいて、正室と側室とを合わせると29人の子を持つことになります。
<朝鮮王朝>の王の中では一番の子沢山でした。
バンウォンにつづくのは第9代王・成宗で28人です。

(プニ)
snow balls
(このシーンは最終話でもプニの追憶の場面で出ます。
 愛し合っていたものの、プニは村のリーダーの道を選びました)

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