実録 イ・サン 5

<王朝絵巻 シーズン5>

実録イ・サン 5
-死の謎①-


歴代27人の王の平均寿命は約46歳。
運動不足や偏った食事のために、高血圧症や糖尿病が多かったそうです。
また、当時のことですから、熱いシャワーが期待できず、アルコールなどでの消毒方法もないので皮膚病が多かったようです。
ドラマ『亀巖ホジュン』では、王子の腫物の膿を吸わせるために、蛭(ヒル)を使ったシーンがありました。
現在でも東南アジアでは、蛭の池に足をつけて、悪い血を吸わせるという療法を見たことがあります。

さて、李祘(イ・サン:後の正祖)の腫物が一向に治らないので、内医院(ネイウォン:王室の病院)などを統括する提調(チュジョ:役所の長官)に相談します。

1800年6月14日
提調の徐龍輔(ソ・ヨンボ)が問うと、
「夜になっても深く眠れない。薬を塗った部分の膿はつぶれているようだ」

侍医の白誠一(ペク・ソンイル)と鄭允僑(チョン・ユンギョ)が診察。

「昨日と比べてどうか?」

「毒気は昨日に比べてかなり小さくなっています」

「どんな薬を使ったのか?」

「茘枝膏(ヨジゴ」が膿を吸いだすのに一番良いと思います」

「鍼を使うのはどうか?」

「膿は既に出ていますから鍼を使う必要はないと思います」

「背中にも似たような毒気が出ていて、数日経っているが…。患部は危険な場所ではないのか?」

鄭允僑が診察して、
「場所は危険でもなく、毒気もありませんが、膿んできています」
白誠一は、
「熊膿膏(ウンダムゴ)が良いでしょう」

「いや、熊膿膏は効果がないようだ」

すかさず鄭允僑が、
「水桃黄(スドファン)は毒を消す薬ですが…」

「頭痛がある時は背中に熱が上がってくるものだが、これも全てが胸の火気(ストレス)のためだろう」

患部を巡ってサンと医官たちのこんなやり取りがありました。

サンは自ら内医院の薬の調合所を見学するなど、医術への心得もあったものの、当時の漢方医学だけでは限界もあります。
ドラマ『信義』では、ユ・ウンスがペニシリンのような抗生物質を作ろうとしたこともありました。

サンはその日のうちに提調の徐龍輔を更迭しました。
不信感が強かったからでしょう。

6月15日は診察すら拒否しています。

6月16日
新しく内医院の提調に李秉鼎(イ・ヒョンジョン)が指名されます。

6月18日
内医院の担当者が来て、
「医官や薬官が、主上(チュサン)の病状を心配して何度も宿直を願い出ていますが、いまだに許可が得られません。どうか再考をお願いします」

「なぜ宿直までする必要があるのか?」

サンは立つと頭がフラフラの状況でも薬の調合所を視察しています。
明らかに毒を警戒したからです。
患部の診察や宿直まで却下して、自らで治療しようとしたようです。

6月21日
「痛みがあって苦しくなってきた。熱があるのに寒気がする。果たして夢なのか、目覚めているのか、意識もぼんやりとしてきた」

侍医の康命吉(カン・ミョンギル)は、
「脈は一定して、気も不足していません。特に腫物による熱も出ていないようです」

侍医は“腫物に熱は出ていない”というものの、まだサンは腫物の患部の診察は許していませんでした。

内医院の都提調の李時秀(イ・シス)が腫物の診察を申し出て、サンは、
「夕方ころには診察できるだろう」と、「暫く休息したい」と返答します。
しかし、サンは医師団には診察させませんでした。

6月23日
「今、地方の医官は何人なのか?」と。

つまり、内医院の侍医を信頼してはいなかったからでしょう。

李時秀は、
「金漢柱(キム・ハンジュ)、白東圭(ペク・トンジェ)たちが王宮の外で待機しています。中では金漢柱の医術が最も老練です」
サンは地方の医師団に診察を許し、患部を煙でいぶす治療法も受けています。
しかし、病状は一進一退。

san12.jpg
(ドラマ『イサン』最終話より)

(来週につづく)

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イ・サンは極端に毒物を恐れていて、そのために偏食だったと云われます。

私はイ・サンのことを、とてもハートフルな人物で、王朝27人の王の中では最高の人物だと思っています。
ただし、現在KJSでアップしている第3代王・太宗(イ・バンウォン)のような鉄血名君と呼ばれるような冷徹さがあれば、半島の歴史も違っていたように思えます。

話は転じて暗殺団と弓のこと。

映画『王の涙~イ・サンの決断(韓国原題:「逆鱗」)』は、1776年にサンが慶煕宮(キョンヒグン:ソウルのいちばん西にある宮殿)で即位して、翌年の25歳になる前の、ある蒸し暑い夏の日(映画では雨)のこと。
慶煕宮に暗殺団が侵入しました。
この史実に基づいて映画は作られています。

サンが寝殿で本を読んでいたところ、回廊の屋根瓦の音がしたそうで、気づいたサンが軍を集めます。
父親の“思悼世子”の非業の死の背後には、身内と老論派がいたことはサンも知っていましたので、サンは寝るときも服を脱がなかったとのこと。
すぐに戦闘態勢に移るためです。
また、即位後すぐに、「私は思悼世子の息子だ!」と老論派に宣戦布告していました。

映画では、暗殺計画の背後には老論派と軍のトップ、そして祖母にあたる貞純大妃
暗殺団を倒した後、サンは貞純大妃に対して、”この件はなかったことにします。しかし、政治の表舞台には出ないように”と、取引をしました。

ところで、映画でサンが使ったのが、角弓と片箭(短い矢)です。

小弓


「六龍飛天」でイ・ソンゲやバンウォンが使っているのは小弓で、日本の弓道にあるような長弓ではありません。





しかしながら、この小弓(エギファル)は木と水牛の角を組み合わせた複合材で作られていて、角弓というそうです。
射程距離は長弓の2倍以上に及びました。
当時の王朝の小弓の技術は世界でも最高水準にあり、“飛ぶ鳥を落とす”ほどの威力がありました。

さらに、次の写真の最下段にあるように、竹の筒の中に入れて短い矢(片箭)を飛ばすことができます。

agifal.jpg
(昨年、国立故宮博物館で撮影)

ドラマ『推奴(チュノ)』でテギルが使っていました。

テギルの矢

映画『王の涙』でのサン

イサン5

空気抵抗を小さくした短い矢ですが、長い竹の筒に入れて照準を正確にできます。
サンは「世孫の頃から好きだった」と、禁衛隊長に説明していました。

サンの矢

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