善徳女王の都・慶州 1

今日の空です
今日の空
(2015.12.05)

新羅や高麗は仏教文化が栄えた国です。
とはいえ半島の三国時代のこと、最初に大陸から仏教を受け入れたのは高句麗で、その次が百済。
それから1世紀以上も後に新羅は仏教を受け入れています。
6世紀のことです。

11月の連休を利用して、歴史をテーマに慶州と釜山を訪ねました。
たくさんの写真をようやく整理したので、これから毎週末・4回に分けて紹介する予定です。

<新羅の都・慶州>
慶州(キョンジュ)を訪ねて①


1.『善徳女王』

現在アップ中の「六龍飛天」は高麗の時代からです。
半島を初めて統一したのが紀元前の高句麗で、その後高句麗は新羅と唐の軍に敗れるものの、渤海という国を建国し、さらには、もとの高句麗の人々が新羅を下して「高麗」に至ります。
その間、高句麗・百済・新羅の三国時代を経て、後三国時代(統一新羅)となるのですが、上記のようにいわゆる高句麗人たちの血が脈々と流れて高麗に至ると言えると思います。

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さて、MBC・2009年のドラマ『善徳女王』(トンマン役はイ・ヨウォン:ミシル役はコ・ヒョンジョン)は、新羅が伽耶の国を統合する時代でした。




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その新羅の初の女王(632年即位)から数えて30年ほど後に、「後三国時代(統一新羅)」が完成。



1400年近くも前のことをウィキペディアで調べると次のとおりです。

善徳女王(? - 647年)は、新羅の第27代の王(在位:632年 - 647年)。
新羅初の女王。
姓は金、諱は徳曼(トンマン)。
先代の真平王の娘であり、王母は金氏の葛文王福勝の娘の摩耶夫人、王配は飲葛文王。
3人姉妹(善徳女王は「三国史記」では長女として記録され、「三国遺事」と「花郎世記」では次女とされている。
天明公主は「三国史記」で次女、「三国遺事」では娘、「花郎世記」では長女。
三女の善花公主は「三国史記」と「花郎世記」では存在が伝わっていない)であり、男兄弟はいない。
先王が632年1月に死去したときに男子がなく、また父母ともに王族である聖骨の男子がいなくなっていたために、徳曼がその呪術者的性格に期待されて王位を継いだ。
即位して後に聖祖皇姑の号を国人から奉られた。

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善徳女王は庶民から愛されたそうで、仏教文化の発展にも力を注いだそうです。
他方軍事面では、伽耶の出身の金庾信(キム・ユシン:役オム・テウン)を大将軍に登用し、その後の「後三国時代(統一新羅)」の基礎を作りました。


2.KTXにて慶州へ

慶州へはソウルからも日帰りできますが、慶州で時間を持ちたいならば、プサンからが便利です。
KTX(新幹線)にて一駅の25分です。

shilla3.jpg

ただし、在来線の慶州の駅よりもずっと西側にKTXの「新・慶州(シンキョンジュ)」駅があります。
しかも、慶州は広い。
お目当ての「仏国寺」まではバスで40分もかかりました。

silla3.jpg
(残念なことに旅行の4日間は“雨”)

仏国寺のことは来週にアップします。
まずは、新・慶州の駅の中の小さなミュージアムです。
新羅当時の模様を窺うことができます。

(王冠)
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(発掘された古い土器)
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(装飾品など)
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(天文台:チョムソンデ)
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(武器)
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(庶民の生活)
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(2015.11.24撮影)

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慶州には古墳がたくさんあります。
すべての古墳は発掘調査は途上のようですが、古墳博物館もあります。

kofun.jpg

出土品がこれからもあるのでしょう。

doki.jpg

シルクロードの終点でもあったそうです。

silk road

# 来週は慶州「仏国寺」の広い境内を紹介します。

(これはプサンの国際市場(いちば))
kokusai.jpg
(2015.11.25)


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