華政 第39話(上) 10年後

華政 第39話(上) 10年後

ジュウォンとの結婚、さらにはヌンヤングンとの内政・外交路線の違いから、宮中を離れたチョンミョン

第39話は“およそ10年後”の国境地帯から始まります。
内乱・内戦が1624年だったので、1634年以降の国境での事件です。
(ドラマ・第39話はその後の1635年~36年へと進みます)
後金の初代皇帝・ヌルハチの後、第2代皇帝・ホンタイジが“新しく国号を清”とし、半島への侵入は1636年になります。

逃亡するのは後金の奴隷となっていた農民たち

3900aa.jpg

3900_20151011053316167.jpg

追うのは後金の軍

3900c.jpg

「大丈夫ですか、アガシ?」

「もうこれで私は終わりです」

「どうしたのですか?漢
 陽にはご主人がいるはずでしょう?!」
3900d.jpg

歩哨に立つ兵

3900b.jpg

しかし、将軍は、
「後金に降伏した際の条約を忘れたのか?」と誰一人として朝鮮には入れるなとの命令。

3900e.jpg
# “降伏・和平”したのが1627年の最初の半島侵攻の時です。
戦費だけでなく農民も奴隷として提供させられていたからです。

「後金との戦争に繋がる」

「将軍、お願いです。
 我ら朝鮮の農民です」
3900f.jpg

しかし、銃口が向けられます。
そして、生き残った農民は再度、後金に返されます。

3900g.jpg

漢陽

「どうしよう…?
 どこに行けば…?」(ウンソル)
3911.jpg

チョンミョンのお産

「大丈夫ですか?」(オクジュ)

「ええ、大丈夫よ。まだ…」

「すぐにナウリを呼んできます」

「今、宮中だわ。いけないわ…」
3911a.jpg

チョン尚宮

「産婆さんを呼んで来るまでには間に合わないわ」
3911b_201510110537103db.jpg

東宮でもお産

ソヒョン(昭顕)世子(仁祖の長男)のピングン(妻)

3911c_20151011053709036.jpg
# ソヒョンには弟のポンリム(鳳林)大君がいて、ポンリムの方が1649年から第17代王・孝宗となります。

ソヒョンは書庫

「もう2時間もかかっているのに、何の知らせもない」

「勉強に集中して下さい。世子(セジャ)チョハ。
 心配しても何も変わりません」

「師匠、こんな時に勉強できるわけないでしょう?」

ジュウォンは「お産は女性の仕事で、男は何もできないのです」と勉強を続けさせます。

3911d_201510110542352b9.jpg

そこに「チョ~ハ~、急用です」とジュウォンにチョンミョンが産気づいたことを知らせに来るキム尚宮

3911e_20151011054234dba.jpg

「え?!媽媽が?!
 いつからなのか?大丈夫なのか?」
3911f_20151011054233ebe.jpg

「ススニム(師匠)?!落ち着いて下さい。
 私には何と言ったのですか?」

「チョ~ハ~、
 実は公主媽媽は2度も流産をしているのです。
 どうも出産が厳しい様子なのです」

「あ~、男は何もできませんよ。
 女の仕事ですからね
3911g_20151011054232749.jpg

しかし、駆け出すジュウォン

「あの真っ直ぐな木のような師匠だが、
 あんなに慌てるとはなあ…」

「ええ」
と微笑むキム尚宮

3911h_20151011054230999.jpg

部屋の外で2人の男の手を握っているのは、ホン・ヨン

「アボジ!」

「マニョンや~」
3911k_20151011054229693.jpg

そこで出産
オクジュが飛び出して来て、
「アイゴ~、元気な男の子です!」
3911m_20151011054615d9a.jpg

赤ん坊を抱くチョンミョン

「ナウリは女の子を欲しがっていたのに…」

「何を言うのですか、媽媽。
 世間では男の子を欲しがるのに、失礼ですよ。
 3人目の男の子じゃないですか?」
3911n_2015101105461452b.jpg

そこにジュウォン
「媽媽、大丈夫ですか?」

「大監、おめでとうございます」

「心配でした」

「何が心配ですか、大監?
 いつのものことです」

「しかし、これは私の一大事なんだ」

「ソバニム…」

「ずっと傍にいてやるべきだった…」
3911p_20151011054613ff2.jpg

宮殿では、
「お孫さんです。
 ピングン媽媽が、最初の男の子を出産しました」

初孫に喜ぶ仁祖

うわべだけで、
「チョナ、おめでとうございます。
 宮殿では久しぶりの産声です」
とはヨジョン。

「ああ、嬉しいことだ。
 スグォン(淑媛:従四品)」

厳しい目で淑媛を見る内官

3912_201510110617252bd.jpg

ソヒョン世子は、
「よくやったピングン。ありがとう」

「…」
3912a.jpg

微笑むのはピングン・姜嬪(カンビン)氏

3912b.jpg

イヌにも二人が同時に男の子を出産した知らせ

3912c.jpg
# 既にイヌは結婚していたのですが、後金の侵攻の1627年にイヌは妻を亡くしています。

ここでジュウォンとチョンミョンの回顧のシーン

3912m.jpg
# 二人の長男と次男

そして、
3912e.jpg

「この国をお願いします、公主」と大妃の死(1632年)
3912d.jpg
# 回顧はこれまでの10年間のことです。

「みんな苦難を耐えてくれ。
 先に逝く私を許してくれ」とイ・ウォンイクの死(1634年)のシーン

「媽媽の中間達が逝く…」とはチェ・ミョンギル

3912f.jpg

スドク(取土軍事)とウンソルは結婚していました。

3912h.jpg

ポンリム大君から祝辞を貰うソヒョン世子

「母が生きていたらきっと喜んでくれていたのにな」

ヌンヤンの最初の正室(中殿)も亡くなっていました(1635年)。

3912k.jpg

そして後金の越境での騒乱は、逃げ出した農民を後金に送り返す結末。

3912g.jpg

西人派

「また越境して来たのか?」
3912n_20151011062815bdf.jpg

にほんブログ村テレビブログ韓国ドラマへ
1週間のランキング@「にほんブログ村」

この10年の間に起きた事を含めて、当時の内外の情勢を3回に分けて書いておきます。

<王朝絵巻 シーズン3>

後金との関係①
サルフの戦い(1619年)の後
(1619年~1627年)


この当時のことをウィキペディアで見ると次のとおりです。
(# で脚注をいれます)

李氏朝鮮は1619年のサルフの戦いで1万人の援軍を明に送ったが、朝鮮の将軍であった姜弘立(# カン・ホンリプ)は後金のヌルハチに降伏した。
姜弘立は、「朝鮮は後金に対して戦う意志はなく、明の要請によって援軍を送ったのだ」と弁明し、ヌルハチもヌルハチの子であったダイシャン(中国語版)も朝鮮への侵攻には興味を持っていなかったので、後金はヌルハチの死まで朝鮮へ侵攻することはなかった

ところが、朝鮮で1623年に西人派のクーデターが起こり、それまで明と後金の両者に対し中立的な外交政策をとっていた光海君が廃位されて、仁祖が即位した(仁祖反正:# インジョバンジョン)。
西人派は後金との交易を停止するなど反後金親明的な政策を取り、後金をひどくいらだたせるようになる。
また明の遊撃部隊の指揮官であった毛文龍(# モ・ムリョン:武将)が、朝鮮半島において後金に対しゲリラ的な戦闘を行うようになった。

最初の後金による侵攻のきっかけは、1624年の仁祖に対する李适(# イ・グァル)の反乱による。
李适は前年のクーデターの首謀者の一人であったが、その論功行賞に不満を持ち、平安道で反乱を起こした。
この反乱はすぐ沈器遠に鎮圧されたが、後金に逃げ込んだ反逆者の一部にハン・ミョンユン(한명윤)の息子、ハン・ユン(한윤)とハン・テク(한택)がおり、ホンタイジ(# 第2代皇帝)に朝鮮を攻めるよう進言し、これが大義名分となった。
(# 1627年の最初の侵攻です)

にほんブログ村 テレビブログ 韓国ドラマへ
1週間のランキング@にほんブログ村
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ユーモン

Author:ユーモン
ドラマは たくさんのことを 教えてくれます

最新記事
最新コメント
王朝用語・脚本家など
ドラマと映画・感想など

openclose