壬辰の乱と磁器の話 その2

長崎の空
sky at nagasaki
(2015.10.09)

<王朝絵巻 シーズン3>
磁器の話(作製方法)④


ウィキペディア

練られた土は、まずロクロやヘラで大まかな形が作られる。
これを乾燥させて水分が10%程度になったら仕上げ加工を施す。
複雑な形状の製品(人形など)は泥漿(でいしょう)鋳込法等により成形する。

続く焼成は、通常2 - 3段階に分けて行なわれる。
最初に700℃前後での素焼きにより、水分を飛ばす。
この時まず300℃付近で素地の水分が蒸発するが、十分に乾燥させていないと蒸気圧によって形状が崩壊する。
さらに450 - 600℃でカオリンなどの結晶中の結晶水が放出されて大幅に素地が収縮する。
素焼きを終えたこの段階で釉薬をかけ(施釉)、続いて1300℃程度で一次焼成を行なう。
これによって釉薬はガラス化し、光沢や色が得られるとともに、ガラス層が粒界亀裂の進展を抑えるために強度が向上する。
さらにこの後、絵付を施してから800℃前後の2次焼成を行なう場合もある。磁器は焼成中に高温で融解しつつ、ムライトと呼ばれる針状鉱物結晶を生成するため、成分の多くが融解しても形状を維持し続け、ガラス質の器質となる。
# 釉薬(ゆうやく)とは“うわぐすり”ともいいます。

ドラマでは、こんなお猪口のような磁器でお茶をたしなむシーンがしばしばありますね。
ただし、ドラマではほとんどが真っ白な“白磁”です。

min sakazuki
(知人が所有する「清」の青花磁器です。
 白磁にブルーの“染付け”を青花といいます)

磁器の話(釉薬)⑤

釉薬(ゆうやく)について「大阪市立東洋陶磁美術館」の資料からまとめると以下です。
釉薬とはガラス質を含む泥状の材質で、焼成すると溶けてガラス状の薄い層を作ります。
これに溶けやすくするために「灰」または「酸化鉛」の媒熔剤(ばいようざい)を加えますが、いずれも焼成・還元して透明になります。
大別して「灰釉」と「鉛釉」があります。
「灰釉」
灰釉は約1250℃で溶けます。
①青磁釉…灰釉に酸化鉄を少し加えると焼成還元して青緑色の青磁となります。

seiji nannsou
(松岡美術館の「南宋」の青磁)

②透明釉…鉄分をごく少なくすると無色透明になります。
白磁とは素地に透明釉をかけて焼いたもの。
白磁の素地にコバルト顔料で文様を描き、透明釉をかけて焼いたものを青花(せいか)。
(日本では染付:そめつけ)と呼びます。

seikajiki gen min
(松岡美術館の「元」の青花磁器)

白磁や青花に、さらにさまざまな顔料で文様を描き、さらに釉薬をかけて再び焼成させたものを五彩(ごさい)。
(日本では色絵:いろえ)と呼びます。

Arita cups
(写真の左は私が使っている色絵のカップです:有田の源右衛門窯)

なお、透明釉に酸化コバルトを加えたものは特に瑠璃釉(るりゆう)と呼び、焼成・還元して藍色に変わります。

「鉛釉」
鉛釉は約800℃で溶けます。
① 緑釉(りょくゆう)…鉛釉に酸化銅を加えたもの。焼成して緑色になります。
② 褐釉(かつゆう)…鉛釉に酸化鉄を加えると、焼成して褐色になります。
③ 藍釉(らんゆう)…鉛釉に酸化コバルトを加えると、焼成して藍色になります。

これらの釉薬をかけ分けると約800℃で三彩(さんさい)になります。

磁器の話(絵付け)⑥

磁器の話の終わりは絵付けのこと。
特に赤絵・色絵と日本では呼ぶ五彩のことです。

ウィキペディアで拾います

顔料によって磁器に模様を描く作業は絵付と呼ばれる。
絵付には施釉前に行なう下絵付と施釉後に行なう上絵付がある。
下絵付は2次焼成の必要がないため低コストだが、釉薬と反応しない安定な顔料しか使えない。
このため金属塩化物や硝酸化合物が主に使われ、緑、青、黄などを発色する。
コバルトブルーの染付は下絵付によって描かれる。

これに対し、上絵付は二次焼成の手間がかかるものの、熱処理温度が低いため使用できる色が多く、特に赤色顔料や金彩を使用できるのが特徴となっている。
(このシリーズおわり)

絵付の朱肉入れ(清の時代)と青花の朱肉入れ(韓国製)
清から現代
(知人所有の「清」の五彩・絵付磁器と、青花磁器「韓国」)

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<王朝絵巻 シーズン3>
“紅衣将軍”郭再祐②
(先週よりの続き)

最初は郭再祐のところにやって来る義勇兵はほとんど皆無に近かったのですが、裕福だった義兄を説得して、人と資金を得たようです。
局地的なゲリラ戦で緒戦を飾ると、徐々に義勇兵が彼の元に集まり始めます。
そして、いくつかの小さな戦勝を重ねていくうちに、2000人規模の軍へとなり、陸の交通の要所を制圧・奪回していきます。

郭再祐が“紅衣将軍”と呼ばれるようになったのは、彼が真っ赤な軍服を着ていたからです。
豊臣軍も躍起になって彼を捕らえようとするのですが、“紅衣将軍”郭再祐は、優秀な部下の10人を選んで、豊臣軍をさらにかく乱するため、同じ真っ赤な軍服を着せました。

郭再祐(クァク・ジェウ)の勝利は朝鮮王朝への大きな貢献となったわけです。

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