華政 第16話(中) 光海の大きな夢

華政 第16話(中) 光海君の大きな夢

カン・ジュソンの妻ユン氏は、
「正しいことを人間としてやっているだけだ」と、
ファイと一緒に事件の真相を暴いたのですが、その件で配下のユン・ドハが亡くなりました。
これは口封じのためのホ・ギュンの仕業。

「たとえなんであれ父親の邪魔をするようだと、
 家から追い出す」と。

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イヌは独り言
「ああ、私は庶子だからな。
 ああ言われるとますます反抗したくなる」
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カン・ジュソンとホ・ギュン

ホ・ギュンは、
「あの男が大妃を動かせるかもしれません」

「どういうことなのか?」

「私には計画があります。
 光海を引きずり落とすのも
 時間の問題かもしれません」
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ホ・ギュンが出てきたところ

ホ・ギュンからは父親のジュソンの母屋に来たことは秘密にしておくように言われ、イヌはいぶかります。
また、父親のジュソンのことはもう分かっているので、うすうすホ・ギュンとカン・ジュソンの動きを知るようになります。

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「お前はホ・ギュンを知っているのか?」

「ええ、町の風来坊なら誰でも知っています」

「彼にはもう会うな。
 父親のためだと思ってくれ」

「はい、アボジ」
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ホン・ヨンと南人派のチョン・インホン、イ・ハンボク

ホン・ヨンはここで、大妃からの依頼で公主チョンミョンの生死の再確認を依頼されていることを知ります。

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約束があったようで、ファイとホ・ギュンが密会

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そこでファイは「大妃に会わせてくれ」と手紙を渡します。
驚くホ・ギュンに、
「私は亡くなった公主の
 “慈悲の女神の目”の数珠を知っている」と。

「私の妹は公主媽媽に仕えていました」

「何が目的なのか?」

「私は家族を奪われたからです」

「そうだな。 その傷は拭えないな。
 それで引き換えに私には何をしてくれるのか?」

「何でも。
 火器都監にいて信頼が厚いから、
 お望みのことは…」
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ただ、その外でイヌが立ち聞きしていました。

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ジュウォンと光海

「明からの使節団は正殿には来ません。
 チョナが出向くしかありません」

「私に頭を下げろというのか?」
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光海は半島の地図を見せながら、“大きな夢”だった。

「朝鮮王国が“明の属国から脱することだ”」
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# 地図の中央に韓国半島が描かれています。

ジュウォンに別れを告げるために手紙を持ってきたファイ。
しかし、ちょうどその場にジュウォンが帰って来ます。

探し回っていたと声を荒げるのですが、
「ナウリ、ここを出るとのことです」

「え?!どういうことなのか?」
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ファイとジュウォン

「では火器都監からも出て行くつもりなのか?」

「こうなってしまって申し訳ないです。
 しかし、火器都監は問題ないです。
 硫黄担当は既に精錬の技術を習得しました。
 それに、この手紙に、
 重要な技術については書き残しています」

「しかし、突然のことで私はたじろいでいるが…。
 なぜ突然?」
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「突然でもありません。 疲れました」

「疲れた?」

「ええ、このところとても疲れました。
 ナウリが言うように、私は女ですから、
 最初からこんなところには来るべきではなかったのです」

「ファイ…」

「私がここに居ると、ナウリだけではなく、
 他の人たちにも迷惑が及びます」
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…あなたと私は違います。
 私たちは同じ王には仕えることはできません。

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「…」
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# 贈ることができなかったブレスレット

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「朝鮮王国が“明の属国から脱することだ”」

この光海君と同じ政策を考えていた王が他にいたのでしょうか?
当時の軍事力からは“夢物語”かもしれませんが、私はこれが光海君の器の大きさだったと思います。
長い年月を経て、属国からの脱出は日本の力によってなされます。
日清戦争(1894年)の後の下関条約の第1条で明記されました。

横浜山手・中華街⑦

外交官や貿易商が多く住んでいた山手。

(この解説は管理している横浜の“横浜市・緑の協会”のサイトから)
べーリック・ホール(旧ベリック邸)は、イギリス人貿易商B.R.ベリック氏の邸宅として、昭和5(1930)年に設計されました。
第二次世界大戦前まで住宅として使用された後、昭和31(1956)年に遺族より宗教法人カトリック・マリア会に寄付され、平成12(2000)年まで、セント・ジョセフ・インターナショナル・スクールの寄宿舎として使用されていました。
現存する戦前の山手外国人住宅の中では最大規模の建物で、設計したのはアメリカ人建築家J.H.モーガンです。

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旧邸宅の中です。
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山手には、この他にも洋館がたくさんあります。
西洋館

ビアガーデンも楽しいです。
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(以上は先月撮影)

今朝 見上げると空高く 糸を引くような絹雲でした
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