王朝絵巻 パート7(1) 慶熙宮と昌慶宮

4月の旅行をまとめています
昨年に続き、私にとってはソウルに残る5大宮殿の中でも、
訪問の残りの2宮殿でした。

1.<王朝絵巻>パート7(1)
慶熙宮(1)

第15代王・光海君は徳寿宮で即位しました。
そして、彼の計画により
離宮であるこの慶熙宮(キョンヒグン:경희궁)を建設。
下のウィキペディアにあるように、
現在は敷地が狭くなっており、
どちらかと言えば開放された公園のようで、
チケット売り場などはありません。

(写真は正殿への崇政門)
suuseimun.jpg

次はウィキペデイアより。

慶熙宮(キョンヒグン:경희궁)は光海君8年(1616年)に建立された。
ソウルにある5大宮殿の中で最も西側に位置して過去には100以上の建物があったが、日本統治時代にほぼ完全に破壊され更地となった。
隆福殿、会祥殿、集慶堂、興政堂、正始閣、思賢閣、興化門などの建物があったが、壊されたり、強制的に移転されたりした。
1980年にソウル高等学校の瑞草区への移転以後、ソウル市立美術館として使用されたが、再び建物を取り壊し慶熙宮を復元した。
かつての宮殿敷地はより広大だったが現在は狭くなっており、跡地の一部にはソウル歴史博物館、ソウル市教育庁、ソウル福祉財団、大韓サッカー協会、救世軍会館など政府や民間の様々なビルが建つ。
2013年にソウル市と鍾路区庁は総合整備基本計画を定めており、慶熙宮のさらなる復元を段階的に進めることになっている。

慶熙宮(2)

この写真は正殿の玉座。
どこの正殿でも同じデザインの屏風ですが、
屏風には月と太陽(陰陽)と、山。 そして川。
山を背にして川(漢江:ハンガン)を臨む、
“背山臨水”の首都・漢陽を象徴するもの。

その山は5つです。
中国に端を発する陰陽五行説から五山。
五行とは“木・火・土・金・水”で、
万物を創造し育む大自然。

木(木)は燃えて(火)、土(土)に返る。
地中から金属(金)が生まれ、金属には結露する。
露は水(水)となって、水は木を育む。
このサイクルが五行です。

kyonhi1.jpg
(2015年4月12日、夕刻撮影)

さて、正殿の脇を抜けて広々とした公園へ。

khg sakura

2.<王朝絵巻>パート7(1)
昌慶宮(1)

昌慶宮(チャンギョングン)は、
1484年に第9代王・成宗が完成させた宮殿です。
昌徳宮(チャンドックン)の東側に位置し、
大妃たちを住まわせることが目的でした。

ソウルの真ん中にあり、豪華なので、
景福宮(キョンボックン)が一番有名なのですが、
『亀巖ホジュン』で描かれたように、
豊臣秀吉軍によって起きた文禄の役
(1592年:韓国では壬辰倭乱:イムジンウェラン)
の際に景福宮もこの昌慶宮(チャンギョングン)も
暴徒の手で略奪された上に焼失しました。

第15代王・光海君はそのために徳寿宮で即位しました。
そして、彼の手でまず昌慶宮が再建されて、
その後は昌慶宮が273年に亘り朝鮮王朝の正宮でした。
(景福宮の再建は1865年です)

(ソウル大学病院を東に見る弘化門)
kouka gate2

(弘化門とその先の正殿は珍しく東向きです)
kouka gate

正門を入るとすぐに、お清めの川(禁川)が流れ、
その上には500年の歴史を持つ玉川橋が架かっています。
アーチ型の橋です。

changyon1.jpg

arc.jpg

この橋を渡って明政門を通ると、その先に正殿の明政殿。
朝鮮王朝時代の正殿は南向きですが、明政殿は東向きで、
これは先王たちを奉った宗廟(チョンミョ)が南側にあり、
儒教慣習に従って門を開けることができなかったことによるものです。

(玉川橋を渡ると正殿に向かう明政門)
changyon gate

そして正殿の玉座

changyon 2
(以上の撮影は2015.04.14)

ウィキペディアによると、
「1909年、日本が純宗の心を慰めるとして昌慶宮内の宮門や塀を壊して動物園(「京城李王職昌慶苑動物園」)と植物園を造り一般人も観覧できるようになり…」
とあります。

しかし、(私から見ると)
翌年1910年には韓国が日本に併合されており、
当時の純宗(スンジョン)はもう34~35歳なので、
「心を慰める…」がピンときません。
ただ、即位の2年目なので、そうかもしれません。

また、当時の宮殿は、
一般人にとってはどこも閉鎖的な空間だったので、
それを解放するという意味もあったかもしれません。
ただし、宮殿→“動物園・植物園”は、
現代の韓国人たちには負のイメージがあるようです。

(入場料は1000ウォンです)
changgyeonggun.jpg

さてドラマは、
これまではほとんどがフィクションだと思いまずが、
南人派が衰退した反逆(スン暗殺事件)は史実です。

物語りはこれから本格化しますが、今後も、
史実とフィクションが入り混じると思います。

みなさまの連休(GW)はいかがだったでしょうか?
私は4月の中でも、まずソウル→水原、
月末は長崎→佐賀と、国内外の旅行でした。

昨日のラジオ放送では、
4月24日から5月6日まで日本入国者数は、
83万6000人超と、昨年のGWに比し、
4%程度増えたそうです(予定:政府発表)。

日韓・韓日では行く人・来る人で、
年間500万人以上の規模(来日者が多い)。
これからもその中の一人でありたいです。

昌慶宮(2)

昌慶宮(チャンギョングン)は
昌徳宮(チャンドックン)の東。
今日はその後宮あたりと裏の庭園を紹介します。

koukyuu.jpg

『イサン』では、ドラマの最初に父親の荘献(チャンボン)
(後の思悼世子:サドセジャ)が、
米櫃に入れられて餓死しますが、
昌慶宮の後宮の庭がその場所だと言われています。

isan father

景春殿は、
第22代王・正祖(チョンジョ:イ・サン)が生まれた場所。
ここで、
王妃・恵慶宮(へギョングン)とサンが遊んだのでしょう。

changyn 3

後宮裏手の高い場所からの撮影です。

changyon 4

遠くにソウルタワー(南山公園)が見えます。

changyon 5

さて、
北の方の庭園は昌徳宮の“秘苑”に続いています。
現在は切り離されていますが、ドラマでも実際でも、
ここから昌慶宮に入ったと思われます。

この石碑は歴代王が生まれた際の
“へその緒”を祭ったところ。
実際の石碑は国立王宮博物館にあります。

changyon 6

そして春塘池(チュンダンジ)。
ここはボート遊びを目的に日本が作ったところ。
中には“ひょうたん島”があります。

chanbgyon 7
(いずれも2015年4月15日撮影:雨でした)

にほんブログ村 テレビブログ 韓国ドラマへ
ランキング@にほんブログ村
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ユーモン

Author:ユーモン
ドラマは たくさんのことを 教えてくれます

最新記事
最新コメント
王朝用語・脚本家など
ドラマと映画・感想など

openclose