オクチョン42歳のころに

康 煕奉『悪女たちの朝鮮王朝』(2014.06双葉社)では、
淑嬪・崔氏が張禧嬪を陥れる動機が確実に存在した
 …、
 張禧嬪は小さな悪をたくさん積み重ねたかもしれないが、
 実際に人を殺したり露骨な陰謀を仕掛けたり…、
 といったことはしていない」(p.183)とあります。

『チャン・オクチョン』は明日でおしまい。
まだまだ、
ぐいぐいとストーリーが押し寄せてくるのですが、
最終話は素晴らしいまとめ方だと思います。

終盤から第24話へと、
この間には約13年が駆け足で描かれています。
明日の最終を前に、これまでの史実
書き残しておきたいと思います。

siro3.jpg
(ドラマには
 この絵に似たデザインの屏風が出てきます。
 これはイ・サンの“華城への行宮”の様子です。
 国立故宮博物館:2015.04.15撮影)

1.1694年

第21話(下) 民心操作で紹介したように、
仁顕王后(廃妃)を復権させるために、
西人派(老論)が、『南征記』という風俗小説を発刊しました。
この民心操作の効果は絶大だっただけでなく、
粛宗の心も大きく揺れました。

仁顕王后が復位します。
1694年、イニョン27歳です。

②淑嬪崔より第21代王・英祖誕生1694年(9月)
(ムスリ24歳)
なお、淑媛(スグォン)就任は1693年(4月)
(ムスリ23歳)

③この年にオクチョンは“嬪”に降格しました。

この1694年の②を背景に、
①、③の出来事は、明らかに、
西人派(老論)の工作だとしか思えません。

1694年はオクチョン35歳の時で景宗は6歳です。

2.オクチョン42歳の頃(1701年)

そしてオクチョンが42歳の1701年のこと。
(粛宗:スクチョンは40歳)

①張禧嬪(チャンヒビン:オクチョン)
1659~1701年(11月没:42歳)
<南人派>

②仁顕王后(イニョン)
1667~1701年(8月没:34歳)
<西人派>

③淑嬪崔(スクビンチェ:ムスリまたはトンイ)
1670~1718年没
昌徳宮から追放1701年(4月)~1704年
<西人派・老論派>

4月から11月にかけて①~③の一連の出来事。
②の病気のイニョン(心臓病)を背景に、
西人派(老論)の手による“でっちあげ”などなど
(藁人形での呪詛はその一部)
③追放された淑嬪崔と老論派との裏工作にて、
①オクチョンが賜薬にて、
自害させられたと考えるのが自然だと思います。

また、同年には、
伯父のチャン・ヒョン、兄のチャン・ヒョジュだけでなく、
東平君が亡くなっています

この年は老論派による南人派へのとどめの一撃。
大粛清が行われたと推測できます。
ファミリーを支援した東平君も連座だと推測します。

オクチョン没は42歳、景宗は13歳でした。

3.スクチョン(第19代王・粛宗)の換局政治

換局政治について付記しておきます。
この時代は王の権限が著しく蔑まれ、
派閥抗争に明け暮れる官僚たちが悪事を働き、
非人道的な行為を省みなかったと思います。
オクチョンだけでなく、スクチョンも、
二人ともその犠牲者だった。
官僚たちは王を守ることをしなかったし、
王族たちは苦悩の日々を送ったのだと思います。

庚申換局(キョンシンホァングク)1680年
 ドラマでは福善君の反乱(南人派→西人派)

己巳換局(キサファングク)1689年
 オクチョンが翌年正室に(西人派→南人派)

甲戌換局(カプスルファングク)1694年
 イニョン復位・オクチョン降格(南人派→西人派)

側室を持たず、長男のスンだけを愛した先王。
その遺言は、“誰も信じてはいけない”でした。
第19代王・粛宗は、
西人派と老論派から政治的、“掟”の前例により、
3人の正室を迎えてはいるものの、
本当に愛したのはオクチョンだけだったと思います。

なお、粛宗は新たに、仁元王后(イヌォン)を迎えます。
彼女は、1687~1757年没。
(ドラマ『チャン・オクチョン』に出る
キム・マンギの孫娘)
推測ですが、1702年、彼女が15歳の時に正室へ。
<老論派>

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(撮影最後のショット:日本語版DVDより)

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数年前、『朱蒙』、『チャングムの誓い』などから、
韓国ドラマの史劇も視聴し始めたのですが、
当時はやはり巨匠イ・ビョンフン監督
(当時のMBCのディレクター)の作品をフォローしました。
(日本でもNHKがそうだったと思います)

しかし、『亀巌ホジュン』やこの『チャン・オクチョン』、
さらには映画「宮女」、「王になった男」、「王の涙」と、
次世代の監督たちの作品を見ていると、
歴史の解釈が大きく反転していると考えています。

この1年ほど、たくさんの本やネット検索で調べたことを、
<王朝絵巻>シーズン1~2を通じて紹介しています。
そこで考えたことは、①第15代王・“光海君”、および
②この“張禧嬪”のことでした。
この二人の名誉回復が重要だと思っています。

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