チャン・オクチョン最終話(下) ただ一人の女


<最終話>

ヒョンムはチスに刀を突きつけて、
「チョナのお言葉だ。
 チャン・オクチョンを必ず生かすのだ」
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ユン氏

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オクチョンが乗った御輿には、
今度は母親のユン氏が乗って宮中に帰ります。

…オクチョ(ン)ナ…。 必ず生き延びるのです。

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朝になって東平君が来ます。

ヒョンムはチョナがお逃がしになったと伝えています。

東平君は、
「最初からこうするつもりだったのですか?」

「どうして私が彼女に死ねと言えるのでしょうか?
 彼女の手は決して離さないと誓ったのです」

「ではこの後はどうするのですか?」

「大臣たちと真っ向から勝負するのです。
 名文がなければ王位は譲ります」

「チョナ…」

「私の運命も相当なものですね。
 愛する女を恋敵に譲らないといけないとは…」
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目が覚めたオクチョン

目の前にはチス

「どうしてここに?」

「すべてがチョナのご意向なんだ」

しかし、オクチョンは宮中に戻ると主張

「卑怯な方法で
 チョナとユンのことを傷つけたくはありません」

「チャン・オクチョン…」

「今度は私の番です。
 これまではチョナが私を守ってくれましたが、
 今度は王と王になるユンを守ります」

王の意向を無駄にするなと言うチスですが、

「いいえ、死に場所は王のお傍です。
 このチャン・オクチョンはそのために生きてきたのです」

「…」

「ですから、オラボニ。
 私を宮中に連れて行って下さい」

「オクチョン…」

「お願いだからオラボニ。
 あの方の傍に連れて帰って下さい」

「チャン・オクチョン…」

「チョナへの愛をどうか貫かせてください。
 この愛を最後まで守らせて下さい」

「そうだな。 そうしたらいい。
 これが私の愛を守る道のようだ」
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老論派は「禧嬪が逃げた」と一騒ぎ。
キム・マンギは「チュサンの権威すら問題だ」と…。

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ヒョンムがスクチョンの前で、
「チョナ…」

「今度は私の廃位の上書でも出たのか?」

「禧嬪媽媽がお帰りです」

「!」

オクチョンはユンを抱いて…。

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賜薬の時

手が震える女官に代わり、
「いっそのこと私が…」と、

東平君が毒の器を持ちます。

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賜薬

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執務室から飛び出すスクチョン

「チャン・オクチョン…。
 なぜ戻ってきたのか? ダメではないか?」

「どうしてですか? 戻らないわけにもいきません」
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「王様のお傍にこうして…、
 チョナの腕の中で最期を迎えることができました。
 とても幸せです」

「…」

「私はチョナとの愛に生きてきましたから、
 こうしてこの愛を守りぬくために戻って来たのです」
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「…。 オクチョナ…。
 愛している…。
 愛してる…。 愛していた…」
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…最期に愛を守れるのは愛の力だけだ。
 花火のように生きたチャン・オクチョン。
 もうこの先、孤独な私の肩を撫でたり、
 涙を拭いてくれる者はこの世には誰もいない。
 王、イ・スンのただ一人の女、
 チャン・オクチョンがいないのだから…。


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劇中の“就善堂”は撮影用に復元された

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<以下は番組のおわりの字幕です>

粛宗は在位中に3回の政権交代(ファングク:換局)をさせて、王朝最強の王として在位。
王朝最盛期としての基礎を作った。
チャン氏には送り名もなく、一族とは別の墓に埋葬されたが、1969年に高陽市の西五陵に移葬された。
現在は粛宗やインニョン(仁顕)とともに眠っている。

明陵(ミョンヌン)・粛宗と仁顕の墓

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翼陵(インヌン)・仁敬の墓

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チャン(張)氏一族の墓(高陽市)と
大嬪(テビン)の墓

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# この字幕にあるように、歴史解釈は変わり、
 オクチョンの無念が救われるようです。
 これまでは、
 三大悪女の代表みたいなチャン・オクチョンでしたが、
 あれは西人派(老論)の小説「南征記」によるもの。

なお、日本語版(テレビ放送用)DVDでは、
おわりには撮影の終了光景が収録されていますが、
このSBS放送版DVDでは明陵が映し出されます。
 
明陵(西五陵:ソオルン)はソウルの北の、
京畿道(キョンギド)高陽(コヤン)市にあります。

2年前に高麗チェ・ヨン将軍の墓参りに行きました。
最寄の駅へは地下鉄3号線が便利。
ソウル市内から1時間弱の三松(サムソン)駅
三松駅から北方向へとタクシーで行きました
逆に三松駅の南に行くと西五陵です。

西五陵を韓国観光公社のサイトで紹介します。

西五陵は東九陵の次に大きい朝鮮王朝の王室の家族の墓です。
朝鮮時代王室では品格によって王と王妃の墓を「」、王の両親・皇太子・嬪の墓を「」、大君・王女などの墓を「」と区別して呼びました。

ここには5つの陵以外にも朝鮮王朝初の「苑」として13代明宗の1番目の息子、 順懷世子や皇太子の妻、恭懷嬪尹氏の墓・順昌園と綏慶園(21代英祖の後宮、暎嬪李氏の墓)、永懐園(16代仁祖の長男、昭顯世子の妃、愍懷嬪姜氏の墓)があり、最近では歴史的な一話を残した19代粛宗の後宮であり景宗の母、張禧嬪の大嬪墓も区域内に移されました。

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これまでのKJSへの応援に感謝申し上げます。
明日はちょっとした感想をまとめておきます。

次からは『華政』です
今後とも宜しく応援お願い申し上げます。
動画は同じく韓国SBS放送版を活用します。

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