『王の涙(原題:逆鱗)』追記


『王の涙(原題:逆鱗)』追記

1.サンの母、恵慶宮(へギョングン)のこと

ドラマ『イサン』をご覧になった方はご存じだと思います。
ドラマの最初はイサンが10歳時に、
父親の荘献(チャンホン)が米櫃に放り込まれて、
最後は餓死させられます。
これがサンの祖父の第21代王・英祖(ヨンジョ)の
歴史に残る唯一の汚点とされます。

しかし、英祖だけでなく、本人と周囲にも問題があり、
英祖の汚点とは言い過ぎだと思います。

聡明な英祖のDNAを受けて荘献も天才肌でした。
荘献は当時の主流の老論派を非難するような改革派。
しかし、主流派の老論派の官僚や両班から睨まれてしまい、
対抗するだけの精神的な強さがなかったからでしょうか、
ついに錯乱状況に陥ります。
天才と何とかは紙一重とも言いますが、
これが米櫃に放り込まれた直接の原因だと思います。

恵慶宮(へギョングン)が回顧録を残しています。
彼女の「恨中録」には、夫の荘献に関する記述があります。

「次第に夫は変わってしまい、
 聡明さを失って奇行ばかりを繰り返すようになった」

荘献は何人も側室を持ち、
そのうちの一人を殺害しています。

「(偉大な)父の英祖を恐れるあまり、
 錯乱を起こして数々の問題を引き起こしたことが原因」

(教育熱心な父親の期待が大きかった)

従って、10歳だったサンが泣いて
「父上を許して下さい」と叫んでも、
恵慶宮(へギョングン)は静観したのだと思います。
さらには
実母からも世子には相応しくない言われたそうです。

なお、後に英祖は我が子を悼み、
思悼世子(サドセジャ)というおくり名を贈りました。

(参考文献)
康煕奉『悪女たちの朝鮮王朝』(2014.6 双葉社)

「とにかく生きなさい」
112e_20150118134933a80.jpg
恵慶宮(へギョングン)
# 演じたのはソウルオリンピック、1988年のミスコリア。
 キム・ソンリョンでした。

次いで、サンが信じた儒教の基本精神を追記しておきます。

2.「中庸第23章」

「どんな些細なことも気を抜かずに最善を尽くすことが大事だ。
些細なことに最善を尽くせば、真心を込めるようになる。
真心を尽くせば表ににじみ出て、表ににじみ出たら表に現れ、
表に現れれば性格が明るくなり、
性格が明るくなれば人に感動を与えるようになり、
人に感動を与えれば自分自身が変わり、自分自身が変われば成長する。
だから、唯一真心を尽くす人だけがこの世の中を変 えることができる」

(其次致曲 曲能有誠 誠則形 形則著 著則明
 明則動 動則變 變則化 唯天下至誠 爲能化)

Next to the above is he who cultivates to the utmost the shoots of goodness in him.
From those he can attain to the possession of sincerity.
This sincerity becomes apparent.
From being apparent, it becomes manifest.
From being manifest, it becomes brilliant. Brilliant, it affects others.
Affecting others, they are changed by it.
Changed by it, they are transformed.
It is only he who is possessed of the most complete sincerity
that can exist under heaven, who can transform.

(Doctrine of the Mean, chapter 23) - 中庸第23章

http://japanese.korea.net/NewsFocus/Culture/view?articleId=119495#none

(この項:by APB)

gekirin.jpg

3.儒教の五常
(ウィキペディアからの引用)

儒教では、五常(仁、義、礼、智、信)の徳性を拡充することにより、父子、君臣、夫婦、長幼、朋友の五倫の道をまっとうすることを説いている。

「仁」
人を思いやること。
孔子は、仁をもって最高の道徳であるとしており、日常生活から遠いものではないが、一方では容易に到達できぬものとした。
『論語』では、さまざまな説明がなされている。
ある場合は「人を愛すること」と説明し、顔回の質問に対しては、「克己復礼」すなわち「己に克ちて礼を復むを仁と為す(私心を克服して礼を重んじること。それが仁である)と答えている。
前者は外部に対する行為を指し、後者すなわち顔回に対する答えは自身の内なる修養のあり方を指している。
具体的な心構えとしては、「己れの欲せざるところ、これを人に施すなかれ」(『論語』顔淵篇)がよく知られている。
すなわち、「仁」とは、思いやりの心で万人を愛し、利己的な欲望を抑えて礼儀をとりおこなうことである。

「義」
利欲にとらわれず、なすべきことをすること。
正義。
中国思想においては、常に「利」と対比される概念である。

「礼」
「仁」を具体的な行動として、表したもの。
もともとは宗教儀礼でのタブーや伝統的な習慣・制度を意味していた。
のちに、人間社会の上下関係で守るべきことを意味するようになった。
儒者のなかでも、性悪説の立場に立った荀子は特に「礼」を重視した。

「智」
道理をよく知り得ている人。
知識豊富な人。

「信」
友情に厚く、言明をたがえないこと、真実を告げること、約束を守ること、誠実であること。
孟子の四端説における「仁義礼智」の四徳に対し、前漢の董仲舒は五行説にもとづいて「信」を加えた。

にほんブログ村テレビブログ韓国ドラマへ
ランキング@「にほんブログ村」

<王朝絵巻>まとめ

<王朝絵巻>6巻まで

昨年の秋から、朝鮮王朝518年の中期以降を中心に、
日本語の本で調べて、パート6まで書きました。
先週は、

第15代王・海光君は、
 罪よりも功績が大きかった。
張禧嬪(チャンヒビン:オクチョン)は、
 派閥間の政争の犠牲であった。
③日韓・韓日関係は19世紀まで良かった
 禍根を作ったのは20世紀前半の50年の間。

と、これまで調べたことから、
①と③はほぼ事実だと、自分なりに確信があります。

また、①と②の罪のことを付記しておきます。
当時の王宮というのは、楕円形の敷地で、
東西と南北にそれぞれ、
ソウル地下鉄の電車の駅の数にすれば、
4~5駅くらいもあります。
この広大な空間の中で何が起きたのか?
正確な記録はありません。
でっちあげが多々あったと思います。
ただ一つ、
「朝鮮王朝実録」に記された王と王妃の記録だけが正史。
なお、側室に関した記録はほとんど残されていません。
この正史から、
海光君とその後の19代王・粛宗、21代王・英祖、
そして22代王・正祖(チョンジョ)は、
国民の味方だったと言っても過言ではないと思います。

それは、両班の既得権益である、
「免税」と「兵役免除」を見直そうとしたからです。
当時はアンタッチャブルであった身分制度の中でも、
とくに、派閥に分かれて、両班が横暴・傲慢だったので、
そこのところにメスを入れ、力を削ぎ、
国防と王権の回復に努力しました。
命を狙われる王の映画やドラマは、
詳細はフィクションだとはいえ、事実でもあった。
その最大の犠牲者が光海君であり、
彼は謀反により追放され、おくり名さえありません。

『トンイ』と『チャン・オクチョン』のドラマも
フィクションがほとんどで、事実として残るのは、
それぞれが、
「追放」と「死罪」を命じられたということだけ。
ただ一点、
「朝鮮王朝実録」には女性の記述が皆無の中、
珍しく、チャン・オクチョンは容姿端麗であったと、
容姿に関する記録が残っているそうです。

co end

# 今週はヒョンビンの『愛してる、愛してない』
 その後『チャン・オクチョン~愛に生きる~』をアップ。
 サブタイトルにあるように、
 第19代王・粛宗(スクチョン)と
 オクチョンの愛の物語ではあるものの、
 “王の女”として凛々しく、
 また“鉄の女”としてのチャン・オクチョンです。
 女の強さを、
 キム・テヒが静かに強くアピールする演技でも感動です。

 物語の3分の1ほどまではオクチョンとスクチョンの出合い。
 過去のことが多く、また官僚たちの戦いなので、
 表面を撫でるようで、そのインパクトは普通並み。
 が、3分の1を過ぎると、人間の欲望をえぐるような、
 心の奥に手を突っ込まれるセリフがたくさん出てきます。

にほんブログ村 テレビブログ 韓国ドラマへ
ランキング@にほんブログ村
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

王朝用語・脚本家など
ドラマと映画・感想など

openclose