王朝絵巻 おわりに

王朝絵巻 おわりに

昨年の11月、
宮殿を巡った際の「宗廟」と「景福宮」のチケットです。

ticket2.jpg

それに、次は「宗廟」のパンフレット。

chonnmyo.jpg
ここは
歴代の王の魂が
祭られている廟。

ただし、
第10代王
燕山君と、


第15代王光海君は(二人が廃位されたからだと思いますが)、
祭られていません。
パンフレットにも記述がありません。

映画「光海(邦題:王になった男)」よりのカット。
この絵は、徳寿宮の正殿・中和殿、または
昌徳宮の正殿・仁政殿だと思います。
kyuannhe2.jpg

「王朝絵巻」を終えるに当たり、気になる2人。
第15代王・光海君と、
粛宗の側室の張禧嬪(チャン ヒビン)のことです。

1.先ずは張禧嬪(チャン ヒビン)。 

彼女は「朝鮮王朝実録」でも、
唯一人容姿が褒められているとのこと。
<康 ① p.170>

朝鮮王朝実録」はネットでも日本語で読めるのですが、
たとえば小学生の日記のように、実に退屈。
王が、
“ある日あの時何を食べた”とかの、
主観性がない実録だからです。
しかし、王が大奥を訪問した日付や、
大長今(チャングム)がどういう治療をしたとかの、
歴史家にとっては最も貴重な実録。
だからなのでしょうか? わずかな文章から、
とても大きなドラマが発想できたと思います。

ただし、事実はあっても真実はない。そんな気がします。
第19代王・粛宗が張禧嬪に出会ったのは王が19歳で、
ヒビンが21歳の時でした。

oku1.jpg

チャンノクスとチョンナンジョンは賤民の出身でした。
しかし、
取り上げた噂の悪女ヒビンの出身は違います。
張禧嬪の父親は通訳でしたので中人(チュンイン)の出。
幼い時からの教育もあったと思われます。

問題は粛宗の正室に嫡子が生まれなかったこと。
側室の淑嬪・崔氏と禧嬪・張氏は、
ただ宮廷内の派閥抗争の渦に巻き込まれた、
悲劇の側室2人だったと思われます。
現に粛宗は両成敗で、ヒビンを自害に追い込み、
トンイのことを宮廷から追放しています。

oku2.jpg

2.次いで、光海君(クァンへグン)のこと

彼は、明国から認められてはいません
(当時は同盟関係の冊封制度でした)。
また、第10代王・燕山君(ヨンサングン)と同じく、
クーデターで宮廷から追放されたので、二人には、
おくり名はなく王子の時の名前と同じです。

kyuannhe.jpg
(映画『光海(邦題: 王になった男)』より 
 : 主演 イ・ビョンホン)

燕山君はまったく評価できませんでした。
しかし、光海君は違います。
ドラマ『亀巌ホジュン』にあるように、
壬辰倭乱では、父の宣祖が北方の義州まで逃避する際に、
平壌城で陣頭指揮を執って国を死守しようとし、
果たせずとも庶民を先に避難させるなど、
市民のことを考えた王だったと思います。
また、乱で焼失した王宮の復旧に尽力しました。
徳寿宮で即位するとともに、
昌徳宮の復旧作業を開始しています。
さらには中国外交を巧みにこなしたという、
歴史的な実績があり、それぞれを評価すべきだと思います。

ちなみに、映画『王になった男』の最後の字幕。
 “(第15代王)光海(君)は、
 土地を持つものだけに課税し、
 明国と対峙した唯一の朝鮮の王である


ではなぜ?
やはり、
『キム尚宮』をコントロールできなかったことが
汚点であり、
また、当時の西人派の勢力に対抗して、
北人派のユ夫人を正室にしていたことなど、
派閥争いでの結果のクーデターでしょう。
(この光海君については、
 再度第128話~129話あたりで説明を加えます)

すべてが王の取り巻きの官僚たちの戦術。
朝鮮王朝の病巣だと言われている、王の取り巻きの、
官僚たちの派閥争いに原因があると思われます。

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(ドラマ『根の深い木』より; 背景は景福宮の香遠亭)

この4ヶ月ほど朝鮮王朝の歴史を駆け抜けました。
直感的な感想ですが、王も王妃も犠牲者なのか?
でも、犠牲にならないためには、
その権限をフルに活用できる英知が足りなかったような気もします。
あまりにも若くて即位して、社会生活を知らず、
庶民の苦しみが分からないままに、老獪な官僚たちに操られる。

hakkyu.jpg
(ドラマ『根の深い木』より第4代王・世宗
 : 主演 ハン・ソッキュ)

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男尊女卑の社会であったとはいえ、
男たちの非力さ、さらにはマザコンでしょうか?
実の母、継母への遠慮が強く、
影響を断つことができなかったと思われます。
しかし、
どうもこれは過去の時代だけでなく、
現代の政治や社会でも、さらには
身近な現代の会社内での出来事においても、
同じことが言えるような気がしてなりません。

新年も「義」(私利私欲にとらわれない)と
「仁」(慈しむ心)を大切にしたいと思います。

なお、現在は第26代王・高宗の頃の
「日清戦争」の歴史的背景を調べています。
今年の春には、
映画『光海(クァンへ:邦題「王になった男」)』と共に、
何度かに分けて紹介したいと思っています。

(映画では最初のシーンに雪の宗廟が写されます)
chonmyo1.jpg

先の純元・王后につづく時代のこと。
少しだけ先に紹介しますと、
次の本はアメリカの外交官の目を通した王朝史です。

渡辺惣樹『朝鮮開国と日清戦争』
2014年12月(草思社)

サブタイトルが、「アメリカはなぜ日本を支持し、朝鮮を見限ったか」

p217の記述を先に引用しておきます。
「アメリカは朝鮮に失望した。米朝修好通商条約では、清国の横槍がありながらも、朝鮮は独立国であるとの主張を貫いた。
(中略)日本をお手本にして、近代化を目指した開化派に期待したが、清国の介入でクーデターは失敗し、朝鮮の将来を担うであろう前途ある若者は虐殺されるか、日本に亡命した」

また、
当時の第26代王・高宗と明成王后については、
王后の一族(閔氏)の外戚政治と、
一族の事大主義(清国への忠誠)により、
朝鮮王朝が清国の属国支配を受けることには
対抗できなかったことが書かれています。
高宗にはリーダーシップが欠如、
王妃は近代化とは無縁だったとの記述もあります。

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