王朝絵巻 パート1 ソウルの宮殿(4)

王朝絵巻 パート1 ソウルの宮殿(4)

「徳寿宮」

ソウルに行くたびに、
なぜかのんびり時間を過ごしている場所が「徳寿宮」です。
ここは、元はといえば、
第9代王・成宗が兄の月山大君のために建設した私邸。

ドラマでもこれから出てきますが、
戦禍のために景福宮(キョンボックン)が焼かれます。
そのために宣祖(第14代王)が、
1593年から中和殿を正殿として使います。

(中和殿)
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(玉座)
gyokuza.jpg

従って息子の光海宮(第15代王)の即位式もここです。
光海宮(クァンへグン)は各宮殿の再興に努力し、
1615年に昌徳宮(②チャンドックン)を再建。
その後、徳寿宮は離宮となります。

(石柱にランク: これに沿って座布団を敷いて
 文官と武官が座りました)
sekiden22.jpg

下はコウモリのレリーフ。
漢字で「蝙蝠」ですので、その字の中に“福”があります。
ラッキーシンボルですね。

(建物のフェンスのデザイン)
bat.jpg

「徳寿宮の石造殿」

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次の動画にあるように、
20世紀に入ると近代化が進みますので、
第26代王・高宗が1900年から1910年にかけて、
迎賓と自宅を兼用する西洋建築物を建てます。
デザインは英国人で、施工は日本企業でした。

ただし、この1910年というのは、
日本ではすでに1868年から始まった明治時代の
45年間の後期です。
今のような民主憲法ではないにしろ、
日本ではすでに選挙制度の導入などなど、
社会は徐々に西欧化しましたので、
いかに李氏朝鮮王朝が停滞していたかが察せられます。

(徳寿宮は市庁舎の傍の公園としても散策でき、
 また観光客が集まる衛兵交代式もあります)
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「宗廟」

宗廟(そうびょう:チョンミョ)は、
27人歴代の宗(王)のための魂をまつる廟のことです。

王様のおくり名には祖・宗(祖が上位)が付いています。
それぞれの王の功績により、死後に贈られるのですが、
燕山君(ヨンサングン)とこれからドラマに出てくる
光海君(クァンへグン)の2人には、
王子の時の名前だけでおくり名がありませんでした。

功績に従って官僚たちが決めたこととはいえ、
果たして庶民の暮らしのための功績や、
おくり名の判断に“義”があるのだろうかと考えると、
私には納得がいかない点もあります。

今日は「宗廟」のことに少し触れておきます。
儒教思想では人の死後は魂が天に上り、体は地に帰ります。
その魂をまつるのが“廟”です。
現在の正殿は建て増しにより回廊が100mを超えますが、
それは王と王妃の家族の魂をまつるにつれて、
手狭になって拡張した結果です。
別館の「永寧殿」にもまつられています。
過去の正殿と
新たな永寧殿を合わせて正殿と呼んでいるそうです。
しかし、27代の
すべての王の名前を見つけることはできませんでした。

(宗廟への門)
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(9月に撮影)

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