亀巖ホジュン 第1話 武将への夢

タイトルの亀巌(クアム)をウィキペディアで調べると、
(以下多少編集しています)

許浚(ホ・ジュン、허준、1539年 - 1615年)は、李氏朝鮮時代の医者。『東医宝鑑』の著者として知られる。
本貫は陽川、字は清源、号は亀巌
朝鮮王朝第14代王(宣祖:ソンジョ)に命じられて『東医宝鑑(トンイボガム/동의보감)』の編纂の責任者となり、第15代光海君(クァンへグン)の時代の1610年8月に完成させている。

父許碖(ホ・ユン、허윤)と母一直孫氏の間に庶子として生まれた。
出生地は諸説あって定かではない。
父と祖父の許琨(ホ・ゴン、허곤)はともに武官であった。
宣祖の時、医科を受験して内医院に入り、王室の病気治療で功を立てた。
1592年、壬辰倭乱(文禄の役:豊臣秀吉の軍)が勃発すると、御医(王の主治医)として義州にいたる逃避行に追従し、1604年、忠勤貞亮扈聖功臣3等の論功を受け、1606年には、陽平君(ヤンピョングン)に封じられた。
1608年、宣祖の死の責任を取り、流刑に処されたが、翌年には光海君によって呼び戻された。

亀巖ホジュン 第1話 武将への夢 (屈辱の日々より)

物語は雪原に倒れているホ・ジュンから始まります。

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平安道(ピョンアンド)義州(ウィジュ)

義州の府の長官(プユン)を迎えて、
ホ・ジュンの父親の
節制都尉(チョルチェドウィ:従六品の中級武官)誕生日の祝い

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# 先日 『運命のように君を愛してる』で
 ミヨンが食べていたホンオ(エイ)です。
 ゴンは鼻に栓をしていました。

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ホンオ(エイ)を発酵させたもので、臭いが強いので、
旦那様にこんなものを出すのかとチャン夫人(ホ・リュンの正妻)が
側室ソン夫人を叱ります。

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実はホ・リュンが若いころの好みの料理。

(側室ソン夫人)
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ホ・ジュン(ソン夫人の息子)は
お祝いの餅を包んでいます。

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そして、奴婢たちの村の弟分たちに分け与えます。

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しかし、
ホ・ソク(チャン夫人の息子・ホ・ジュンの異母兄)

「貧しい子達とは遊ぶな」

「僕の友達です」

「今度またつるんでいたら、母親が痛い目にあうぞ」
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雪原でソリ遊びをしているところに

「アボジ~」
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「遠くまで遊びに来たもんだな。
 日が暮れると女真族(ツングース系民族)が出てくるぞ」
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ジュンの父親は村人からも尊敬される武官でした。

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その夜

絹の青い服に着換えて誕生祝に出席しようとするジュンです。

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しかし、
「お前のようなものが来るところではない。
 それにアボジではなく、ナウリ(旦那様)と呼ぶのだ」

と正妻に制されて祝宴の席には入れません。

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長官(プユン)から父親のような国で一番の武官になるのか?
との質問にソクは自分は
「遠征が嫌だから文官として政治につきます」
との将来の夢を述べます。

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涙ながらに外で過ごし、母の部屋に戻り

「長官(プユン)から何か質問されたかい?」

「はい、アボジのような立派な武将になります。
 と答えました」
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布団に入ってジュンは母親に父親とのなれ初めを聞くと、
忠清道の海美(ヘミ)で
お父さんが軍官だったころに知り合ったことを話します。
父親は倭寇(海賊集団)と戦っていたことを話します。

母は官妓(官吏専属の芸妓)
生きていくために父親が妓生にしたもの、身分が低いので、
ジュンまでもが蔑まれることになって申し訳ないと。

「武将になってオモニの無念を晴らします」
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儒書により漢文を学び始めたジュン

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先生の質問に誰一人も回答できない中でジュン

「書堂(ソダン:塾)に通い始めて日が浅いのに分かるのか?」

「人の行いは5つの倫理から成り立ち、
 親孝行があらゆる行いの根源ということです」

「では“貴き己を以て、人を卑しくするなかれ”
 “持勇を以て敵を軽んじることなかれ”はどうだ?」

「“自分が大切だからといって他人を粗略に扱ってはいけない”
 “慢心して敵のことを軽く見てはいけない”です」
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書堂では、

「ジュンは高麗時代の儒教の格言集の
 “明心宝鑑(ミョンシム ボガム)”まで理解している。
 ソクは兄として恥ずかしくないのか?!」

恥をかいた兄のソクです。
早速いじめ

まず、両班(ヤンバン)の子と机を並べていること
次に、卑しい奴は科挙(役人の登用試験)を受けられないのに、
図々しく勉強をしていること
それに、我々に恥をかかせたこと

これらを謝れば許すとソク
「謝るならば服を返す」と、ジュンには服を脱がせます。

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「僕は必ず科挙を受けて、アボジのような武官になる。
 僕は悪いことなんかしていない」
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「早く謝らないと凍死する」と弟分のヤンテは言いますが、
悪いことは何もしていないと言うジュンでした。

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ソクを漢陽(今のソウル)で遊学させたい。
そんなことを言っているところに、
ジュンの母ソン夫人が駆け込みます。

真相を知った父親はソクを問い詰めて、

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「ジュンが見つかるまで裸で立っていろ!」

「!」
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ジュンは倒れていた場所にはいません。
運び込んでくれたのはミヒョンとその父でした。

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「ヌグヤ(誰なのか)?!」

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(ミヒョンは罪人の村の娘です)

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東海道新幹線は開業から今年で50年目です。
東京オリンピックの年(1964年)から、
50年が経ったことにもなり、
日本の高度成長期のシンボルなのかもしれません。

韓国のソウルオリンピックは1988年で、
その前ころが
「漢江(ハンガン)の奇跡」と呼ばれる高度成長期なので、
20年遅れてテイクオフしたものの、キャッチアップして、
いくつかの面では既に日本を超えたと言える昨今です。

tokyo station
(東京駅丸の内側と新幹線)

これは8月末の芙蓉です
芙蓉
(@有楽町)

ソウル市庁舎近くの徳寿宮(トクスグン)での衛兵の交代式。
英国・バッキンガム宮殿での交代式と同じですね。

なお、高麗時代の我らがウダルチ(Woodalchi:『シンイ』)も
同じ近衛兵たちでした。
朝鮮王朝時代になると、王の側近で護衛を引き受けた軍隊は
内禁衛 (ネグミ:내금위 『同伊(トンイ)』) でした。

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toku su gun

この徳寿宮(トクスグン)壁の外は、
ドラマでの別れのシーンでよく撮影される場所です。

tokusu gun 2

昨日は『運命のように…』のケットンに会ってきました。
ケットンのTシャツです。

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