高朱蒙伝説と『朱蒙(チュモン)』

高朱蒙伝説と『朱蒙(チュモン)』

先月5月でブログ歴も満2年となり、
6月からは3年目に入りました。

数々のいいドラマを見てきたという実感があるので、
ずいぶん昔のように感じますが、
最初に見た韓流ドラマはパク・ジニと
イ・ビョンホンの『遠い路』(左コラム参照)。
本格的にドラマを見始めたのは『朱蒙(チュモン)』。
『遠い路』は2時間ドラマ(特別番組)だったので、
私の最初の長編は『朱蒙』ということになり、
これが、
ドラマの一つのメルクマールということになります。
1話、1話が飽きさせないいい脚本でした。

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物語のベースとなったのが、「高朱蒙伝説」
韓国の『統一日報』2012年5月16日、
(日本語版)
「韓国史を彩る王たちの物語(10)」に、
その伝説が掲載されました。

「コンギョクコラ~!(攻撃だ~!)」
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1.高朱蒙伝説

内容を以下に転記します。

朝鮮が滅んだあとに高句麗・百済・新羅
そして伽耶が興る。
伽耶を入れると実際は四国時代であるが、
伽耶は後に新羅に併合されるので
一般に三国時代という。

建国神話からみると高句麗は兄の国であり
百済は弟の国であるが、
新羅と伽耶は別々の国である。
百済の始祖温祚は
高句麗を興した高朱蒙の子
または義理の子であり、
また他のいずれの国の始祖も
天孫が天降った
いわゆる天孫降臨神話を共有している。

朱蒙は高句麗を興して始祖となり、
姓を「高(こ)」に定めるがその前は
「解(へ)」であった。
「本性は解であるが、いま自ら天帝の子であり
日光を承けて生まれたといい、故に高を以て姓とした」
(『三国遺事』高句麗条)。
父神の名を解慕漱(へモス)といい
「解」は日(へ)と同音であり
日は高いところにあるから高と名付けたのである。
日(へ)や解(へ)と名乗るには恐れ多いので
太陽は高いところにあるので
高としたと考えると理解しやすい。

国造りの過程を神統譜からみれば、
北扶余→東扶余→高句麗→百済の順に国が興り、
その部族は古代ツングース語族である
扶余族の流れをくむ。
北扶余は現在の中国東北地方に君臨した
扶余族の一部であった。

この民族の移動の順を追うと
太陽が昇る方向へと向かい、
それはあたかも地中海から
太陽の昇る方向の東に向かって移動する
人々の流れと重なり合う。
地中海から太陽の昇る方向をアジアといい、
逆に地中海に沈む太陽を追いかける方向を
ヨーロッパというがそれぞれの語源なのだ。
そこの古の人々の太陽崇拝が見えてくる。
檀君神話からその流れを想起してみれば、
建国の流れが見えてくる。

朱蒙が生まれたのは
東扶余の金蛙(クムワ)王の時代である。
ある日金蛙王が優渤水の水面下の岩の上に
奇怪な動物が魚をとっているという報告を
漁師から聞き、鉄製の網でその動物を捕えた。
なんと唇が三尺あまりあり、三回も切り落とすと
美しい娘の姿になった。
娘は名前を柳花(ユファ)といい
水神・河伯の長女であるという。
河伯は天帝と称する解慕漱に侵された娘を許せず、
美しい娘を取り上げて追放した。

父の河伯に追放されたという
不思議な話を聞いた金蛙王は柳花を連れて帰って
部屋に閉じ込めておいた。
やがて身ごもり5升ほどの大きな卵を生む。
不吉に思って犬や豚に与えたが食べず、牛や馬も
そして鳥獣も避けるので柳花に戻した。
暖かく包んでおくと
一人の男の子が殻を破って出てきた
(『三国史記』始祖東明聖王条)。

卵から孵ったその男の子が朱蒙であり、
神童であるが故に金蛙王の王子から命を狙われ、
東扶余から逃れて高句麗建国への旅路にでる。

以上、
金 両基(キム・ヤンギ:比較文化学者)著

2.ドラマの『朱蒙(チュモン)』

この記事を読むと、
伝説の王子(Prince of Legend)『朱蒙』という
タイトルが良く似合います。
ドラマでも父の名前は弓の名人へモス

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へモスを演じたのはホ・ジュノ

そして母はユファ姫。

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ユファを演じたのはオ・ヨンス

ストーリーでも、
クムワ王とその王子のテソなどが
扶余を守るという名目で、
引き取り育てたチュモンの命を狙います。

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クムワを演じたのはチョン・グァンリョル

チュモンは戦火の中で大怪我を負い、
助けてくれた同民族のイェソヤとの間に
ユリ王子をもうけます。
チュモンを愛した母ユファは
当然イェソヤ姫とユリを扶余に受け入れます。

イェソヤはチュモンと再会したい。
またチュモンの妻ということで、
扶余でも危険を察知し、
ユファの助けを得て脱出します。
しかし、追っ手を避けるのが精一杯で、
チュモンには会えずに生き別れ。

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そのチュモンは山奥に砦を作り、勇者を集め、
古朝鮮(上記、滅びた朝鮮)の流民や
中国で奴隷となっていた朝鮮民族を農民として集め、
徐々に国力の基礎を固めます。

チュモンは、
若い時に修行をしていた商団の
長の娘ソソノには一目ぼれ。
しかし、
チュモンが行方不明になっていたころ、
ソソノも父商団長の右腕だった男と婚姻。
ただしその夫は戦火で死亡します。

未亡人となっていたソソノは、
父親や周囲の勧めを受けて、
高句麗を建国した後のチュモンと一緒になり
ふたりはそれぞれ高句麗王・女王を名乗ります。
その際に商団は資金面で高句麗を支援します。

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戦火の中、チュモンの傷をいたわるソソノ

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時は流れ、
ユリ王子も成長し父チュモンに会いに行く。
親子再会の場面は
涙を流さずには見られませんでした。
そして、
やつれたイェソヤ姫をソソノは暖かく迎えます。
ただし、
ソソノの嫡男がユリ王の存在を許せず、
暗殺を企てる。

子供たちのことで悩むソソノ

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ソソノの力で陰謀は未然に防げますが、
ソソノは子供のためにも
高句麗を離れて、南方への旅路に出る。
こうして、
ソソノとその子が百済の祖となるわけです。

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『朱蒙』は伝説に忠実であったのですね。

3.最終第80話より

私が好きなシーンをリビューします。
ソソノが南へと去る時のイェソヤとの会話です。

「風が冷たいですよ。
 お体は大丈夫ですか?」
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「高句麗を去られると聞きました。
 本当ですか?」

「ええ」

「それはいけません。
 私とユリが負担ならば、私が去ります」
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「奥様たちのためでは決してありません」

「…」

「昔…、高句麗においでになったとか…、
 なのに
 陛下と私の結婚式を見て、
 高句麗の統一のために去られたそうですね。
 私のせいで苦労なさったことを思うと、
 胸が痛みます。
 奥様がいらっしゃるので私は安心して去れます。
 陛下のお世話をお願いします」
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「…」

「私は欲張りな人間です。
 夢を実現させるために去るのです。
 奥様こそ心を痛めないでください」
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『朱蒙(チュモン)』


なお、
チュモンは40歳で王位をユリに譲り亡くなります。
そして、ユリ王の子が高句麗第3代
大武神王ムヒュルで、『風の国』で描かれます。
さらに、ムヒュルの子ホドンの秘話は
『自鳴鼓(チャミョンゴ)』です。
高句麗の創世記が楽しめました。
そして時は流れ、
高句麗第19代の広開土太王の物語は、
『太王四神記』と『広開土太王』へと続きます。

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